西洋わさび | 月かげの虹

西洋わさび


北海道に行く度に、なつかしい気分と解放感に満たされる。きっと、父の故郷であるうえに、広大な牧場に大好きな馬がいるからなのだろう。

牧場銀座と呼ばれる235号線をレンタカーで走っていると草を食(は)む馬の姿が見える。鯨飲馬食とはよく言ったもので、どの馬もみんな地面に口をつけてモゴモゴ。

あれは、もう20年近く前の出来事だった。訪ねた牧場で「ご飯食べてったらいいっしょ」と言われて、馬のように喜んで食卓に座った。テーブルいっぱいに、心づくしのお料理。

その中に、大根おろしに長ネギと鰹節を混ぜたようなものがドンブリに山盛りになっていた。大根おろしにしては、パサパサしている感じだけど、「遠慮しないでね」と言うからお言葉に甘えてドバッと小皿に取った瞬間、「あーっ ! そんなに一遍にたくさん食べちゃダメッ !」という叫び声が響いた。

「お醤油かけてちょびっとずつ食べねば。それ西洋ワサビだよ。大根でないよ」

たまげて慎重にちょびっと口に入れた。辛い ! でも止まらない。刻んだネギの風味で辛みの方向が複雑になり、鰹節の旨みが加わって、もうお酒に相性ぴったり。

別名ホースラディッシュと聞いて、馬好きの私には、名前までいとおしく感じられた。私がドンブリを放さないものだから「したら、持って帰れば」と旦那が牧場の片隅からドカンと引っこ抜いてきてくれた。

暖かい関東で育つのか不安だったが、家の庭に植えておいたら、元気に根付いた。こうなると愛着が深まるから、とりわけおいしいような気がする。

当時は、ホース・ラディッシュといえば、クレソンとともにローストビーフの添え物的扱いで、しかも「生姜みたいなもの」という曖昧な認識のされ方だった。

完全に牛上位である。もっと馬を! の勢いで、ホースラディッシュをお客さんに無理やり食べさせたものだ。

庭から引っこ抜いて、根の部分を卸し金で卸し、たっぷりの刻みネギと削り節。醤油を回
しかけて出す。

胃袋の頑丈そうな人にはちょっと意地悪して黙っていると、たいがい大根おろしと勘違いして一気に口に放り込み、悶絶する。「何なんだよこれは ?」と聞いたら、おもむろに北海道での出会いから説明してあげる。

お酒にもいいけれど、あたたかいご飯に載せたら、これまた最高。何たって北海道から連れてきたんだから。広々した牧場のイメージが浮かび、口中にスカッと青空が広がる気分まで味わえるのである。

吉永 みち子「馬好きには妙に身にしみる辛さ」
よしなが みちこ
ノンフィクション作家。
1950年生まれ。
東京外国語大学卒業後、日刊ゲンダイなどの記者を経て78年よりフリーで活動。85年『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。自らの体験を軸に子どもや母親の家族問題、社会問題を取り上げ、出版のほかTVなどでも活躍。現在は障害者のための乗馬を推進するRDA Japanの副理事長も務める。最新刊は『変な子と呼ばれて』(ちくまブリマー新書)

スカイワード
2006年1月号