フランス音楽留学 | 月かげの虹

フランス音楽留学


きっとこれからも忘れることはないだろう、1997年。私がこれからフランスはパリに留学しようとしていた直前、現在日本に限らず世界を縦横無尽に飛び回っているクラシック・ギター界のフロンティア的存在で、私のギターの師匠でもある福田進一氏から1枚のCDを渡された。

ミシェル・コルボ指揮のガブリエル・フォーレの『レクイエム』。CDをオーデイオに入れてから最初の音が鳴るまでの「間」が劇的で、それからあとの物語を想像させる。

留学中2年間はマレ地区にあるブロン・モントー教会へ、聖歌隊員のひとりとして週に1度通っていた。ある日、フランスにおいてバリトンの名手として知られるカミーユ・モラーヌ氏をソリスト(独唱者)に迎え、同じ舞台上で共演(ギタリストではなくコーラスとして!)させていただいた。

それまでにない、今となっては夢のような、貴重な体験だった。もともと聖歌隊に入ったのも友人の紹介があってのこと。歌うことは好きだったので、やってみようかなという趣味の感覚でいたものだから、レクイエムを歌うことが決まった時は驚きと歓喜、同時に白分なんかがいてよいのだろうか ? という不安……、すべての感情が一気に襲ってきた。

こういった珍しい環境だとしても、素晴らしい音楽家と共演できることはめったにないことだから、このチャンスは生かそう!……とふたつ返事で決断。

コンサートは自分も同じ舞台に立ちながら、モラーヌ氏が詠(うた)う『リベラ・メ』に聴き入り、涙が出るほど感動していた。

そもそも、なぜ音楽で留学しようと思ったのか ? 日本ではギターをアカデミックな音楽教育で受けられるシステムが不十分であったこと、そしてその頃、「クラシック音楽って一体どこが面白いといわれるんだろう ?」という素人的な疑問が自分のなかに湧いており、それを探りたかった。

また、長い歴史のなかで、その「面白い」といわれる音楽を表現できる演奏家を育ててきた場所に、自らを置いて磨きたいと切に願ったからである。

実際、留学生活では前記で書き足りないほどの学ぶこと、遊ぶこと、それぞれに充実できる環境があった。自分に必要だと思うこと、例えば、素晴らしい演奏家(クラシックに限らずすべての音楽)のコンサートを聴きに行くことや、楽譜やCDなどにお金は惜しめないが、そのお陰(?)で食費を削った分、体脂肪率は当時7パーセント。

アスリート並みだが、実際はただの骨と皮のガリガリ。挙げ句の果てには貧血で倒れたり……(苦笑)。

音楽を面白い、面白くない、などと決めてもよいけれど、そんなに単純な感情だけでは表しきれない。自然のように複雑な均衡があるのかも。

でも自然のように一刻一刻表情を変えて、一回一回のコンサートで演奏も変わってゆくからこそ、何百年という時間が経過しても、音楽は新鮮なのかもしれない。

大萩 康司「試行錯誤のフランス留学」
おおはぎ やすし
ギタリスト
1978年宮崎県生まれ。
高校卒業後渡仏。パリエコールノルマルに留学後、パリ国立高等音楽院に入学。約6年間パリに滞在。98年、ギターの国際コンクールとして世界最高峰とされる「ハバナ国際ギターコンクール」にて、第2位入賞。同時に審査員特別賞(レオ・ブローウェル賞)を獲得。2005年5月にはキューバ政府より招聘され、キューバ最大の音楽祭「クバディスコ2005」に出演。6月にはアルバム「ハバナ」、10月にはDVD「鐘のなるキューバの風景」をリリース。

スカイワード
2006年1月号

JALグループ機内誌