ケーキよりも、お名前が書いてあるプレートのクッキーが美味しそうだった。
で、だ。
昨日投稿した 住処 についての記事に
もらったコメントで、脳ミソに生まれてきた言葉達の こと。
課題台本 ROAD の ひとつの台詞に通じるところがあり、
ひとつの記事に まとまって しまいました。はい。
「。。。先に死んでしもうたけンね」
昨日のブログは、
出産、成長、母 についての話でした。
年功序列に死んでいくとすると。
祖父母が死んで、両親が死んで、わたしが死んで、子供が死んで。
これは、
前の世代の人生、魂、想いを 引き継ぐことだと思う。
同じ時代を共に生きているとき、それは、二分の一で、
分母が1になったとき、一人前になるんだと思う。
だから、最初は「無限」分の1
どんどん分母が小さくなって、3分の1、2分の1、で。一。
母が、いわゆる、この世、を 去って、
母の見えなかった部分を知りました。
どんな考えを持っている人で、どんなことに努力をして、
どんな人生を歩んでいた人で、どんな経験をつんでいた人。
それは、出てきた写真や記述、いまだに届くDMや年賀状。
すべて、生前は 彼女のなかで完結していたこと。
わたしらに 公開して居なかったこと。
それを、それらを、知ることが出来て、
もっともっと、母に会いたいと、母を知りたいと、思ったのです。
去ったあと。
たとえば、
そうやって、引き継がれていく 思考や思想や愛情があるのです。
他方から、まだ健全な 祖父母の立場に立って考えてみると。
祖母が言いました。あのとき。
「親より早く居なくなるなんて、なんて親不孝な」
と、号泣しながら。
その祖父母の それらを引き継ぐ人は、だれなんだろう。
母の兄弟?
それは、
わたしなのでしょう。 一代、飛ばして。
このまえ、母が消えた後に老人ホームに入所した祖父母に会ったとき、
痛感しました。
わたしはそれまで、
祖父母のケアは、母の兄弟、ようするに、ひとつ上の世代で完結してくれ、と。
わたしには、わたしの父親がいる、と。
でもそれは違って、
すべて、彼女が去ったとき、それも、引き継いだのだと。
彼女の、夫に対する思いや義務も、しかり。
思いは託されます。
そして、託す先を失った思いは、行き場を見出します。
だから、わたしは、
少なくとも 父よりは長生きしようと。決めました。
そうおもうでしょ
話し、かなり、外れました。ごめんなさい、先生![]()
ずれるつもりでした。はい。

