イノセントは和訳すると「無罪」「純粋無垢」。

無罪の反対は有罪となるわけですが、

ここでいうイノセントとは「純粋無垢」な状態をいいます。

例えば、大人がお店で何かを盗んだら万引きで捕まりますが、まだ物の分別がつかない幼児がお店で何かを握って出てきてしまってもお店の人は笑って許してくれ、万引きの罪には問われません。

このように善悪にとらわれていない純粋無垢な子供の状態をイノセントと言います。

この世で生きるにはモチロン善悪は知らないといけませんが、善悪にとらわれすぎると全ての物事を善悪でしか判断できなくなり、人や社会を裁きはじめるのです。

この状態に陥ると、自分も苦しいし周りの人も息苦しくなっていきます。

例えばこの世がサッカーのフィールドだったとして、皆が楽しくサッカーのゲームをしているときに、自分が勝つために敵を殺してはゲームが成立しませんね。

このくらいに思っていれば気が楽ですが、この世の罪を全否定し、憎み、自分はそのようにならないと戒めて生きていたらキツイですよね。

善悪はみなが快適に生きるためのガイドラインで、それが全てではないと知らないといけません。

大人になると天使性(イノセント)がなくなってきて、この辺の「遊び」がなくなり、「遊び」がある人を社会不適合者とみなし、排除しようとしだします。

なので、みなイノセント(天使性)をかくして、そのうち天使じゃなくなってしまいます。

イノセントたちには大きな翼が生えています。
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それはモチロン「天使の翼」です。

この翼は大人の社会に抑圧されると小さく小さく折りたたまれますが、広げてあげるとそれは見事に無限にどこまででも広がり、翼を持つ人を飛翔させます。

私はその翼が広がった状態の人たちが大好きです。

彼らが翼を広げると光が沢山入ってきて、翼を畳んでいるときより何倍も身体が大きく見え、キラキラ輝いて見えます。

そして天使たちがたくさん集まってきます。

生まれたての赤ちゃんが空や天井を眺めて笑ったり不思議そうな顔をしてるのを見たことがありますか?

そういう時は天使が遊びに来ています。

赤ちゃんは分別がない状態、いうなれば常にイノセントな状態ですから、天使や光の存在達とつながり続けているのです。

そしてこの翼は全ての人にあります。

私はあるヨガフェスタで「羽見屋」なるお店を出店したことがあります。

この時に沢山の方の羽を視させていただきましたが、羽がない人はいません。

ただ、開き方を忘れてしまった人は沢山いました。

みなさん、周りの人に遠慮するように羽を小さく折りたたんで息苦しそうにされていたので、「羽見屋」改め「羽広げて屋」となり、皆さんの羽を広げるお手伝いをさせて頂いたのでした。

というわけで、子供の心を忘れてしまった方。

羽が伸ばせなくて息苦しくされてる方。

どうぞ羽を広げるヨガトリップにいらしてください^ ^

子供に還ろう!天使ヨガトリップ☆
ゲスト講師 横手敦子・漆畑彰子
トリップの詳細↓↓↓


最後まで読んで下さってありがとうございました。

愛と感謝をこめて☆