北海道来てただただ何時間も座っています。

時間の経つのがあっという間。

でも座ってる時間は瞬く間な時もあれば気の遠くなるほど長く感じることも。

長い時は本当にキツイ。

肩も首も腰も足も尋常じゃなく痛くて悲鳴をあげはじめる。

気が狂いそうになって、叫んで全て投げ出したくなることも。

でも、それもあきらめて、とにかく全てあきらめて座り続けていると、だんだん静けさが深まって来てまた一段落深みに入って行く。

これは座り続けた人にしか絶対体験出来ない感覚だとおもう。

座り続けて執着を手放し続けた先にある世界を見るのが瞑想。

前回、道場に来た時に先生の横に高次の存在が並んで座っていました。

一人は太った長髪の人でもう一人はおじいさん。

「ヨガナンダ…?」

今回来てまた座っていたら、前に座ってるスワミ(聖者)の数が増えている。

皆一様に緋色の布をまとっているのでスワミであることは間違いない。

グルとお話ししている時に、前回のことと今回はの事をお話ししたら「それヨガナンダと弟子たちだよ」と教えて下さいました。

ヨガナンダにとって私たちは弟子になるので、弟子の霊性向上の手助けに来てくれているのです。

この道場はSRF(アメリカにヨガナンダが設立したクリヤヨガセンター)公認の北海道支部であるので、ヨガナンダが現れても全く不思議じゃありません。

道場は生活の場でもビジネスの場でもなく、純粋に行の為の場なので、そういった高次の存在ともつながりやすいです。

ただ見たい見たいと思っているとなかなか見えるものではありません。

基本的には別次元にいる存在なので誰にでも見えるわけではありませんが、たまたま条件がそろって自然にみえてしまう事はあります。

因みに、道場で座っていると、女のひとがマントラを唱えている声や鐘の音も聞こえて来ます。

更には扉が開閉を繰り返すのに人は入って来ず、エネルギーの濃度だけ濃くなって行くのです。

グルに話したら、全部分かっていました。

姉妹弟子のなみちゃんが先生に「私も見えるようになりますかね?」と質問した時に「お役目があれば見えるようになるんじゃない」と、グルがおっしゃいました。

なるほど~。しっくり。

私自身、以前はまったくそんなものみえませんでした。
それが頚椎のねんざをきっかけみえるようになったわけです。

それも全て必然だったんだなとこの頃は思います。



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