皆様ご存知の通り、有名な歌のタイトルが映画の題です。
この美しい賛美歌を聞くと、誰もが「アベ・マリア」のような美しい愛に満ちた世界をイメージするのではないでしょうか。
誰もが愛するこの歌の詩を書いたジョン・ニュートン牧師は、かつては奴隷船の船長となり、巨万の富を得ていました。
当時、アフリカから奴隷として拉致されたアフリカ人への扱いは家畜同然でした。
300人の奴隷を載せた船が、脱水症状、感染症、栄養失調などで次々死亡し、目的地に到着する頃には100人にまで減っていたそうです。
ジョン・ニュートンは奴隷船を降り、牧師となって過去を悔いてアメイジング・グレイスを書いたとされています。
映画「アメイジング・グレイス」は奴隷貿易廃止に貢献したウィリアム・ウィルバーフォースの半生の話です。
ジョン・ニュートン牧師も映画の中に2万人の奴隷の亡霊に悩む人として登場します。
当時の大英帝国は世界一の権威を持ち、ウィリアムの提案は国にとって荒唐無稽としかとられません。
(今で例えていうなら、殺生はいかんから肉食を撤廃する!みたいなカンジですか?)
誰もが当たり前に行っていることを、自己の正義感でかき回す面倒くさい奴とでも思われたでしょうか。
プランテーションで儲けていたイギリスの有権者達は当然ウィリアムに大反対しますが、次第に世論が味方をしだします。そんな時にフランス革命が勃発し、国の利益と個人の尊厳が絡み合っていきます。
私は過去にアフリカのケニア、タンザニア、モザンビークと旅したことがありますが、
どこに行っても奴隷の傷痕が残っていることにショックを受けたことを覚えています。
映画の中で元奴隷のエクィアノが書いた自叙伝がベストセラーになるくだりがありますが、彼はアフリカでは王子様でした。
本当になんの前触れもなくソレは突然やってきて、動物のごとくアフリカ人を捕獲して、そのまま連れ去ってしまったそうです。
ある日突然、青空と緑が広がる国から拉致られて、汚くて狭い船倉に押し込められ、首輪と手枷足かせで四肢を繋がれ血と糞尿まみれになる姿なんて想像出来ますか…?
自分のことにおきかえたら、とてもじゃないけど耐えられません。
船の中では女は船員にレイプされ、海が荒れたら荷減らしとして何十人と海に捨てられたそうです。
人間の悲しくも野蛮な歴史ですね…。
オーストラリアではアボリジニが狩られ、インドでは不可触民の首に鈴を付け、人々は自分を安心させる為に他人を利用してきました。日本だってしかりです。
でもみんな心のどこかでは、知っているんです。
だから罪悪感が生まれる。
周りに逆らうのが面倒くさいから自分の心を鈍感になさせて流されてしまう人もいる。
なんとか心に折り合いをつけて生きていますが、自分自身は騙せません。
人の行いは全て現象です。社会という集合意識が、現象を作ります。
一人一人の想像の結果が具現化したに過ぎないことに、意味を見いだしてはいけません。
一個人の行いに善し悪しを求めてはいけません。
それは自分と人の間に壁しか生まないし、ひいては自分の中に枠を作ることにつながります。
しかし、我々一人一人の意識で自分を取り囲む社会が変わっていき、それがやがては大きなムーブメントとなり世界に影響を与えると知る必要があります。
時代や状況が変われば、人の道徳や価値観も変わります。
大切なことは、宇宙的な流れをみて、それと自分をコネクトさせることです。
全ての人の平和なくして、個人の平和はありえない。
また、個人の中に平和が見出せなければ外の世界に平和も生み出せない。
アメイジング・グレイスは魂の尊厳を歌っています
「Amazing Grace
(すばらしき恩寵)
アメイジング・グレイス
なんて美しい言葉だろう
私のような愚か者をも救ってくれた
自分を見失っていた時もあるが、今は見えなくなっていたものも見える
心が恐怖に支配されている時、神の恵みを知った
神の恵みが私を恐怖から救い出してくれた
神の恵みを知った瞬間のなんと素晴らしかったことか
初めて信じたあの瞬間
たくさんの危機や誘惑の罠を
私達はいつも乗り越えてきた
神の恵みはこれまで私たちを守ってくれた
これからも神の恵みが私たちを家へと導いてくれるだろう
私たちは何万年経っても
太陽のように明るく輝き
神を褒め称える歌を歌いつづけるだろう
初めて歌ったその時よりも更に
初めて歌ったその時よりも更に」