1997年4月、初めての海外での仕事をしました。


タイの首都・バンコクのとあるホテルでした。

 

2001年に帰国するまでの計4年間、

バンコク市内の3つのホテルでお仕事しました。

 

一緒にお仕事をさせていただいた人たちは

日本人の上司、同僚を除き

このような方々でした。

(覚えている限りです)

 

1. 6か月フロント研修したホテル

総支配人 スイス人

宿泊部長 イギリス人

営業部長 タイ人

シェフ   スイス人

ほとんどの従業員 タイ人

フロント、レストランに少々LGBTの人たち

 

 

2. 2年間勤務した

 ビジネス客向けのホテル

 

総支配人 カナダ系中国人

     (途中タイ人に変わった)

宿泊部長 タイ人

料飲部長 イギリス人

営業部長 アメリカ人

シェフ   タイ人

ほとんどの従業員 タイ人

フロント、レストランに少々LGBTの人たち

 

3. 1年半勤務した5つ星ホテル
総支配人 イギリス人
宿泊部長 タイ人
料飲部長 フランス人
営業部長 スコットランド人
シェフ   スイス人

ほとんどの従業員 タイ人

フロント、レストランに少々LGBTの人たち

 

 

3番目のホテルでは、宿泊部直属の上司は

ハイソサエティー出身でゲイの人、

トムボーイ(おそらくLGBT)の人も

いました。

 

 

社員食堂でも、今日の献立が豚肉の炒め物でも、

タイ人のムスリム(イスラム教徒)に配慮し

同じ料理のチキン版が添えてありました。

 

 

3つのホテルでも

多様な国籍、性、宗教の人たちが一緒になって

英語、タイ語という共通言語を話し

お客様にサービスをしていました。

 


私にとっては、戸惑いよりもむしろ

居心地の良さを感じたかもしれません。

 


誰が何人で、何の性、

どんな宗教を信仰していて

ということは

正直大きな問題ではなく、

 


同じ人間として、

同じ目的を共有するものとして

お仕事させていただければ

それでよかったのです。

 

 

タイのホテルでは

日本人の上司や同僚にもたくさん助けられましたが、

 

シフトに入った際

英語も、タイ語も、

ホテルの仕事も分からない私に

手を差し伸べてくれたのは

性的マイノリティーの

タイ人スタッフたちでした。

 

 

つたない英語やタイ語お客様のことを説明しても

「なおこの言おうとしていることは、こうでしょう?」

とか言って。

 

 

色々な生き方が尊重されていた

タイで働けたことは、

私にとってこの上ない財産です。


 

英語を使う前に、偏見があったら

もう「おもてなし」では

なくなってしまいますから。


 

人は一人一人違って当たり前



色々な生き方を尊重できるよう

想像力を持ち続けたいです。

 

 

 

 



それでは、今回はこの辺で失礼します。


最後までお読みいただきありがとうございました。



本日も

สบาย(サバーイ)

สนุก (サヌック)

ไม่เป็นไร (マイペンライ)


Relax, Enjoy, and Don’t worry too much.


心地よく、楽しく、くよくよせず



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横浜サワディーブリッジ