
昨日は、今年の武術活動もレッスンも教室もすべていいかたちでスタートできたので、そのご報告と今年の野外レクリエーション活動を行える場所の下見を兼ねて、鎌倉から七里ガ浜、江ノ島、藤沢詣でに行きました。
この2年間ほど、近場で自然環境のよい場所へちょっとした遠征での野外教室を行い、一緒に移動したり、練習したり散策をしたりすることで、いつもは練習が終わると帰るだけなので、そうした活動も今年はどこかで様子をみて、馬王堆導引術と龍身蛇形太極拳の野外練習会を暖かくなった頃に考えたいと思います。
今回は先ずスタートは鎌倉から極楽寺へ出て、そこから七里ガ浜を散策しました。

この地は鎌倉幕府末期に倒幕のきっかけになった新田義貞が挙兵をして「鎌倉の戦い」で勝利を収めた場所です。
私は、ここ数年感じていることなのですが、今現在の日本は鎌倉時代中期から後期によく似ていることを思い、ずっと鎌倉時代での出来事や、その時代を生きた方々を研究しています。
世の中の平和や人々の安堵を祈願するために、これだけの数の寺社が一時期に場所も集中して建立された事実から考えれば、その時代における背景を予測することは可能だと思います。
何時の時代も、政は複雑で権力者たちの利益誘導や地位の確保への確執から起こる争い事から端を発し、
いずれは庶民の暮らしを逼迫したり、乱世を導くきっかけになることは歴史的な必然性としては変わりません。
世界中、古今東西に共通するもので、歴史的出来事というのは、いつも予測のできない庶民たちのまったく知られないようなところでひっそり始まり、後に口頭から口頭へ伝わり、そして後々に世間へと知らされるものです。


私は、そうしたことを考えたり、時代や人に学ぶきっかけを作るために、歴史に関する地域を直接に歩き散策をすることで、
この時世をリアルタイム的処世術として、いいかたちで「何をすれば善いか」と、生き抜く智慧と実践について考える時間にしています。

そして江ノ島の龍口寺です。

龍口寺は日蓮上人が一度、幕府から死罪を言い渡されて処刑されるために、この寺へ拘留されましたが、死罪を許されて流刑を受けましたが、その後から大きな活躍をされるきっかけになった地です。


そして、久しぶりの江ノ島。

江島神社に参詣しました。

今回の参詣で初めて気付いたことは「芸能」の祭神として祀っている要素を感覚的に伺い知ることができたことです。

海の向こうに遠くには昨年は春に昇った「大山」の山頂が見えました。

江ノ島の海岸からは、昨年に上った鎌倉の山の天園コースの山頂が見えました。

昨年末の城ヶ島、鎌倉、
そして今回の江ノ島海岸の先端の島先で、馬王堆導引術の演示と練功を兼ねて、奉納として行ってきました。

そして今回の参詣の最後は藤沢詣で、遊行寺の参拝です。
古く東海道の宿場町の「藤沢:藤澤」は遊行寺参りから、江ノ島参詣の地へと分かれる立地で多くの江戸庶民から愛された土地でした。
鎌倉時代の僧侶で「時宗」を創始し、踊り念仏を日本全国へ行脚し広めた一遍上人の総本山が「遊行寺」です。
今回巡ったお寺では、私の家系での真言宗、日蓮宗、そして一遍上人の時宗。
私は中国からもたらされた、あるいはこちらから中国へ渡り、功徳を求め得られた仏教、日本国内で長き時間をかけて応用発展し広められた仏法。
やはり日本人の心のふるさとは仏法にあり、しかしながら、宗派同士のいざこざもまたあり。
これもまた何かしら、ありとあらゆるすべてにある「日本人ゆえの性」なのかも知れません。

今までに影響を受けた皆様には「弘法大師 空海」と「道元」であり、お二人とも中国への留学僧で、そのお考えや思想哲学には崇敬の念を感じていて、
今の私の「現代日本社会的活動」に活かしていますが、最近は一遍上人の偉業に関心を持っています。
一遍上人の和歌、法語。
身を観ずれば水の泡 消ぬる後は人もなし 命を思へば月の影 出で入る息にぞ留まらぬ。
「捨ててこそ」
念佛の行者は智慧をも愚癡をも捨て、善惡の境界をも捨て、貴賤高下の道理をも捨て、地獄をおそるる心をも捨て、極樂を願ふ心をも捨て、又諸宗の悟をも捨て、一切の事を捨てて申す念佛こそ、彌陀超世の本願に尤もかなひ候へ。
かやうに打ちあげ打ちあげ唱ふれば、佛もなく我もなく、まして此内に兎角の道理もなし。善惡の境界、皆淨土なり。外に求むべからず。厭ふべからず。
よろづ生きとし生けるもの、山河草木、吹く風、立つ浪の音までも、念佛ならずといふことなし。
人ばかり超世の願に預るにあらず。
またかくの如く愚老が申す事も意得にくく候はば、意得にくきにまかせて、愚老が申す事をも打ち捨て、何ともかともあてがひはからずして、本願に任せて念佛し給ふべし。
念佛は安心して申すも、安心せずして申すも、他力超世の本願にたがふ事なし。


今年からは、今育成中の次世代の皆さんに後代にも中国との友好で楽しい連携活動の発展へと繋げていくようにと、そして日本国内に大いに意識を向けていこうと考えています。
鎌倉は、今でも日本の歴史上において重要な拠点であり、関東人として、武家に生きる者として、尊い場所でもあります。
今回はそのためのコースをとり、遊行寺に参拝し、また新たな活動へのヒントと力を頂きました。
有難う御座いました。感謝。

拝。