太陽の力


杜甫の「春望」に「国破れて山河在り、城春にして草木深し 」という有名な一文があります。

最近の世界国際情勢の大きな変化の連続には目を見張るものがたくさんあります。

今は日本国民1億2720万人の視点やアクションが試されている、日々の連続を実感します。


私の武術ライフ感覚は教練という「教え、教えられ、練り、練られ」という仕事で1週間にずっと武術運動を行う毎日です。

中国武術生活は32年目、一昨年の2012年から復活した日本刀、木刀、竹刀を用いる伝統的日本剣術の稽古を再開した兵法剣術。

思えば私の精神性に最も大きな影響を与えたのは古事記、日本書紀の日本神話での「天照大神」を崇敬し、自身の日本男児としての心意気の根幹はスサノオノミコト、大国主命、ヤマトタケルノミコト、タケミカヅチノミコトです。

小さな頃6歳からの時分に剣道を学び、途中に中学生になり本能的直感からの想いがあり、中国武術へ転向しましたが、

今から思うに、更に心身を厳しく追い込み強くなりたく想い、

頭脳的訓練だけの日本での学校教育方針に全く興味がなくなり、中国大陸を自身の訓練場と考え、幾度も往来するうちに、

中国老師も中国の皆さんもいつしか、私自身の力強い味方になってくれました。

20~30代頃は現代日本社会の中で孤立する感覚をよく思いました。

現代日本社会人の多くは、朝から晩まで政府や財界、企業の定めた一律の方針に従うように戦後の日本政府システムは機能して、ありとあらゆる方法で法的義務という名の下に日本全国民全体を統御しています。

そのためには報道各社企業である新聞、雑誌、映像などの分野をもその目的意識達成のためには利用するものです。

私は2001年の夏8月に初めて米国:アメリカ合衆国へ米国にいる中国武術名師を訪ね、ついでに米国の武術界を調査し、同時にフィットネス業界での学びというもので1ヶ月間の遊学をしてみました。

当時の米国では既にインターネットが情報伝達手段での中枢を担っていて、この時にスーパーでもATMが完備されていて、私も日本でCITIBANKの口座を作り、

海外にある 現地で初めて口座から出金できた時は結構感動しました。

ずっと中国での短期留学経験でしか知らなかったのですが、2回のアメリカでの経験(1回めはフロリダ、オーランド サンフランシスコ、ロサンゼルス、2回目はコネチカット)はある意味で今の自分の考え方の中で重要だと思います。

2001年の夏のことは生涯忘れないと思います。

日本では小泉さんの靖国参拝が問題にされていて、米国に行ったら映画「パール・ハーバー」がやっていて、

日本人がやたらと報道世界の中であちこちで責め立てられていて、息苦しい感じがしましたが、

当時のテレビ番組で「ハワード・ヒューズ」を扱ったアメリカでの政財界システムのことで気付いたことがありました。

「金で買えば、何でもできる」

と考えている富裕層の人間達の感覚でした。

その後に運命的な感覚があるのは周遊券で2001年の8月下旬にまだアメリカ国内を移動できるのでしたが、当初の計画では最期はニューヨークへ移動して、マンハッタンを見て東京にと帰国しようと考えていたのですが、

思うより米国での生活では「やる気」が失せていて、早く日本に帰りたい、という感覚が強くなり、ロサンゼルスから予定を早めて9月4日に帰国しました。

あれは忘れもしない、帰国してからの1週間後 2001年9月11日(金)の夜のニュースステーションの1シーンでした。
 
米国は早朝、有名な「9、11」の飛行機の高層ビルへの突入映像を見た時でした。

「ああ、やっぱりやるかな」

そんな自身の冷淡な感想がありました。

それからは喧々諤々、皆さんがご存知のことと思います。

そして続いたのはアフガニスタン、イラク戦争。


翌年の2002年の春節2月上旬に、私は上海にいました。

武術活動拠点を古巣上海に戻し、以前からお世話になっていた先生方への挨拶訪問でした。

あれから12年。

変わった中国、変わった日本。

変わったアメリカ。

変わった世界情勢を実感します。


私はよく思うことがあります。

「人を大切にしない」人が嫌いです。

根幹の感覚からすれば、自分の経験で

「ああ、自分は大切にされていない」

この人にとって、「自分」はどうでもいい「人間」なのか・・

という複雑な境地を少年時代から何度も経験したことでした。

そこで多くの現代的日本人は、戦後に大きな文化導入の影響から受けたアメリカ的感覚で、

「なら、いいや、関係ないもんね」とか、

「こいつでなくてもいいや、変えは別にある」

こうした意識を刷り込まれ、一番最初に洗礼を受けたのが「団塊の世代」

そして次世代へと続き、今現在はこれが普通になっています。


日本国内で一時期は自殺者が30000人を超え、1970年代には無かった、生活習慣病が蔓延し、

拝金主義は普通、麻薬中毒者が富裕層に多くなり、健康不安が国民全体に増殖し、

医師も拝金主義ゆえの理由で報道機関を利用し、不安を煽り、自身の利益誘導へと導く、

2005年前後に起こった耐震偽装マンション販売の問題、

無意味な金銭投資を図る企業、振り込め詐欺、そしてライブドアに融資をしていたリーマン・ブラザース破綻からの、国際的な経済問題。

ありとあらゆる問題は複雑に見えます。

しかし、長き伝統文化の中で生きていると思うことがあります。


「人を大切にしない国家は滅ぶ」

「人を大切にしない企業は滅ぶ」

「人を大切にしない、個人は見捨てられる」


難しくないことを難しくする、単純なことが単純ではなくなる。

そこが大きな問題の中枢になっていることが判ります。


「正直者が馬鹿をみる」

こんな言葉が世の中で普通になった時点で気付くべきです。

誰が言ったか知りませんが、ここに発信者連中の立場を明言しています。

「不正直者」で「馬鹿人間」が影響力と権力を握り、やりたい放題にやっている。

そうした現実がありますが、私達は気付くべきでもあります。

私達には「力」がある、と。

彼等を無視して、彼らの言うことを聞かないで、自身のやりたい事(私は中国武術と兵法剣術)をやっていれば、

「不正直者」で「馬鹿人間」の影響力と権力など、

彼等の存在は「無意味」です。

「無意味」なものは、ごみやほこりを捨てるのと同じで、悲惨ですがそういうモノでの立場です。

今話題のTPPだってそうです、たとえ政府が決めたとしても、牛肉、豚肉、米、小麦が輸入されても買わないし、人体に不健康だと判っている「モノ」を体内での飲食をしなければいいだけで個人的には一発で解決できます。

(非常に簡単でシンプル)

報道なんて、所詮 担当者たちに求められた目的意識に合わされるようにという仕事で持っていこうと、

数々の単語と文字が心理学をも応用して 並べられて、シナリオに書かれた文言を雇われた人間が音声で発するだけであり、

もう一度、申せば、 こちらに個人の意志の「力」があれば

「不正直者」で「馬鹿人間」の影響力と権力など 彼等の存在は無意味になります。

(意味ない、って 現代日本社会ではとても気持ちいい感覚のひとつ)


日本は、日本なりの長い歴史があり世界に誇れる素晴らしい人間文化があります。

私達は気付くべきで、「私」という中での生命がより善く力強く、心身がいつまでも意識的に永続できる能力を持てれば、

自身での「小宇宙」

自身の中での財政感でいう「政府」

そこで大事な「精神と肉体」

日本の素晴らしい「風土」と「文化」

そして「人」


私はこれを大いに誇りとしています。

隣国の中国の歴史文化に鍛えられ、米国の斬新文化を活用し、

これらの力強い文化力を身につけられたことに感謝を思います。

そして、その想いは「天照大神」に捧げたい、と思うのです。