日本武道 武徳

古来の日本では武道を通じて諸武芸の振興、教育を高めることを行ってきました。

そこで、日本武道での武徳とは、武芸者として守るべき道徳のことを言います。

武徳とは、「大和魂トカ、尚武ノ氣象トカ、愛國ノ精神トカ云フト同ジコト」であり、武徳を養成された武芸を奨励していました。

全国の武道家を包括した、大日本武徳会は「武徳会は会員あい戒めあい励みて国民の武徳を養成するなり」とし、

「わが国のいわゆる大和魂または武士道というはみな武徳のことなり」、「平生といえども人と交わるに信義を以ってし、弱きを扶け強きを挫き、善良なる国民として人の尊敬を受くるにはみな武徳を養うより出でざるはなし」、

「国民は武徳を以って心とし何事も信義を重んじて信用を得ずんば、通商上の利益も得難かるべし」とありました。


日本武道精神においては、江戸時代に儒学を取り入れ「五常 仁、義、礼、智、信」の徳性を高め、父子、君臣、師弟、夫婦、長幼、朋友での五倫の道をまっとうするべきことを奨励しているものです。

「仁」

人への思いやり。

孔子は、仁をもって最高の道徳であるとしていて、日常生活から遠いものではありませんが、一方では容易に到達できぬものと考えられました。

自身の内なる修養のあり方を指し、具体的な心構えとしては、「己れの欲せざるところ、これを人に施すなかれ」とあります。

「仁」とは、博愛:思いやりの心で万人を愛し、利己的な欲望を抑えて礼儀をとりおこなうことです。

「義」

利欲にとらわれず、なすべきことをすること、正義。

思想においてでは、常に「利」と対比される概念であります。

「礼」

「仁」を具体的な行動として表す行い。

人間社会における関係で守るべき法を遵守・敬意を持つことを意味する。

「智」

学問に励むこと、知識、教養を重んじることです。

「信」

友情に厚く、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。


日本武道では、これら五常の徳、武芸の修練を持って武徳の涵養とそのための武術の奨励、それによって日本国民の士気を振興することが目的としていました。



中国武術 武徳

中国武術界における武徳とは武芸を志す道に入るにあたり身につけて置かぬべき「尚武崇徳:」徳を崇め、武を尚ぶ」精神のことであります。

「尚武」は、武術による攻防技能を自身から巧みになるよう高め、勇者を目指していくのです。

「崇徳」は、倫理道徳を重んじることです。

それは、社会公徳の遵守、社会責任の安定、秩序ある社会を守る義務を担うものです。

そのために習武者となる者は心身修養に励み、規範を尊び善悪の区別を明らかにしていくものでもあります。

そこで武芸者は「修身」「防身」「健身」を確立することで、

「修身」とは、歴史文化の中に学ぶ、自己の心身の姿勢づくりであります。

「防身」とは、「智者の術」であり、これは精神面や肉体的な感覚において「力量」「速度」「制御」能力を自身で高め、

「防身自衛:身を防ぎ、自ずから守る」の考え方があり、自らの病気や不慮の事故などからの怪我などからも健康管理を施し、様々な状況や環境の中においてででも力強く生き抜く術でもあります。

「健身」とは、極め尽くされた運動法則のことです。

「円」 :動作にはらせん状に動き、全身くまなく刺激を与え、全てを丸く収めます。

「有気」:有酸素運動として、正しい呼吸法に基づいた鍛錬、体育運動です。

「文化」:歴史的背景からくる包括された思想と哲学です。


この思想は古代中国で2千年以上前に書かれ、尊ばれていた「周易」の中に

「天行健、君子以自強不息」「地勢坤、厚徳載物」と見られています。


「自強不息」とは、

四季の暑さ寒さの中にも耐え、艱難や苦難や劣悪な環境をも乗り越え、

身体を鍛え、精神力を磨き、弱きを支え、強きものの横暴をさせないことなのです。


「厚徳載物」とは、

「以柔克剛」柔の精神で剛に克ち、「捨己従人」己を捨て、人の為に尽くすことです。

つまり「尚武崇徳」の精神とは、

「自強不息」「厚徳載物」の八文字に収縮されています。

その「礼」の形を武術界で表すのが「抱拳礼」です。

礼:抱拳礼 

掌で拳を隠し、不敬にならぬように意識をはらい、その形は拳頭を覆い、掌は親指を曲げ「謙譲」の意を示します。
      
(防御意識を持つために、両脇を45度に保つ)

「拳」は日々の苦しくとも辛い練習を乗り越えた「努力」と「忍耐」を「拳」に表します。

「掌」は五湖七海のように大らかで寛容の精神と「和」の意識を示しています。