震災後にネット上でのアンケート調査結果を見て、思ったことがあります。
問い「あなたが、今欲しい○○力」というものを寄せてもらったそうです。
第1位 記憶力
第2位 決断力
第3位 行動力
これが「現実」だと知った時に、長らく思った疑問が晴れました。
行動力について、
武術運動の基本意識として、行動を起こさねば何も始まりません。
「拳」を握ること。「掌」や「鉤手」を意識して作ること。
当然、心身を意識して動かすことです。
決断力について、
武術は功防技術です。
防ぐのか、攻めるのか 瞬時・瞬時の決断力は必須です。
記憶力について、
武術の基礎から応用、武技・武戯・武舞
長い時間をかけて、我が身を養い 技を練磨し 人々の社会の中で奉仕する。
何一つ ボーっとして出来るものはありません。
記憶力が高ければ高いほど功夫は向上できるのです。
もし仮に、武術人で、
これらの能力の乏しい人間であったら、それは武術人ではなく、
武術真似をしている凡人といえると私は認識します。
人間が生きていく中で、
「記憶力=大脳力」といえると思います。
あるいは「大脳の力の基本は記憶力」からといえるでしょう。
記憶力や意識する力が自身ではできなくなったことを「認知症」という病として世間は呼称するようになりました。
解り易く認識してみれば、
記憶力があるからこそ、決断する力が出てきて、
決断してきた経験を記憶しているからこそ、
行動する力があるのです。
そして、その行動してきた蓄積がまた記憶され、
何度も繰り返し学び、大きな成果を上げられるのです。
武術活動の基本中の基本意識として、
記憶力、決断力、行動力の3つがなければ何一つ技はできないのです。
(よく、よく覚えておいてください!)
逆説的にいえば、これがなくて 何ができるのか。
あるいは経済的にでも成功していたのなら、
それは大きな間違いか 大きな驚きのことだと思います。
今現在の日本社会がおかしい、というのは多くが気付いています。
これらのデータを見れば、
「武術ができない・こなせない人」が多いのは至極当然で、
何も、嘆く必要はないのを感じました。
(逆に、武術や武道、多くの文化が発展して普及していたら 世間に不愉快な人間は少なくなっているだろうと思うのです)
武術が広まらないのは「残念」ではなく、
武術に精通している人は、本物なら自信を持って、
これからの時代を待ち構えていればいいのです。
問い「あなたが、今欲しい○○力」というものを寄せてもらったそうです。
第1位 記憶力
第2位 決断力
第3位 行動力
これが「現実」だと知った時に、長らく思った疑問が晴れました。
行動力について、
武術運動の基本意識として、行動を起こさねば何も始まりません。
「拳」を握ること。「掌」や「鉤手」を意識して作ること。
当然、心身を意識して動かすことです。
決断力について、
武術は功防技術です。
防ぐのか、攻めるのか 瞬時・瞬時の決断力は必須です。
記憶力について、
武術の基礎から応用、武技・武戯・武舞
長い時間をかけて、我が身を養い 技を練磨し 人々の社会の中で奉仕する。
何一つ ボーっとして出来るものはありません。
記憶力が高ければ高いほど功夫は向上できるのです。
もし仮に、武術人で、
これらの能力の乏しい人間であったら、それは武術人ではなく、
武術真似をしている凡人といえると私は認識します。
人間が生きていく中で、
「記憶力=大脳力」といえると思います。
あるいは「大脳の力の基本は記憶力」からといえるでしょう。
記憶力や意識する力が自身ではできなくなったことを「認知症」という病として世間は呼称するようになりました。
解り易く認識してみれば、
記憶力があるからこそ、決断する力が出てきて、
決断してきた経験を記憶しているからこそ、
行動する力があるのです。
そして、その行動してきた蓄積がまた記憶され、
何度も繰り返し学び、大きな成果を上げられるのです。
武術活動の基本中の基本意識として、
記憶力、決断力、行動力の3つがなければ何一つ技はできないのです。
(よく、よく覚えておいてください!)
逆説的にいえば、これがなくて 何ができるのか。
あるいは経済的にでも成功していたのなら、
それは大きな間違いか 大きな驚きのことだと思います。
今現在の日本社会がおかしい、というのは多くが気付いています。
これらのデータを見れば、
「武術ができない・こなせない人」が多いのは至極当然で、
何も、嘆く必要はないのを感じました。
(逆に、武術や武道、多くの文化が発展して普及していたら 世間に不愉快な人間は少なくなっているだろうと思うのです)
武術が広まらないのは「残念」ではなく、
武術に精通している人は、本物なら自信を持って、
これからの時代を待ち構えていればいいのです。