ようやく落ち着いてきた感じがあります。

1週間前のそわそわ感も昨日の夜ぐらいにはまた少しありましたが今朝は止まっている感じです。

何か音波のようなものを継続的に時にずっと受けている感じがあります

、そしてこの大量の花粉も気になります。


耳や触覚を崩され、目と鼻の感覚を崩される=判断力を損なわれる。

人からよく考え過ぎだと言われたりすることはたくさんあります。

しかし、気づいた感覚は仕方がないのです。


考える能力がない人間や行動力のない人間よりは良いことだと思っています。

地震の定義

地震(じしん)は、地球表面の地殻の内部で、固く密着している岩盤同士が、

断層と呼ばれる破壊面を境目にして、急激にずれ動くこと。

これによって地震動(じしんどう)と呼ばれる大きな地面の振動が引き起こされ、一般的にはこちらも「地震」と呼ぶ。

地質現象(地質活動)の一種。地震に対して、

地殻が非常にゆっくりとずれ動く現象を地殻変動と呼ぶ。


今回は震源地が宮城からだんだんと南下してきた、

あるいは刺激しあったということは不自然だと思います(突然に茨城や東京湾、静岡県に移ってみたり・・原発がいきなり爆発したり、あっちへ意識が行ったらこっちへ、こっちに意識が行ったら、またあっちへ)

震源地はそんなに短期間で移動していくものなのか、

自分たちが体験してきた地震は今までとはまったく異なるものだと思います。


地震が生き物のように移動しながら、欠伸をするように列島を揺さぶることなんてありえるのか。


科学では証明できない、とか、実際はよくわかっていない、とかいう言葉は本当は意味が違うのでは、という気がします。

こういう話をすると「怖い」とよく言われもします。

いやもし可能性として人為的なものならば、

それを調べてそういったはたらきをする連中たちの活動を阻止することのために調べています。


中には注意を惹かせるために煽ってやっているような人間も多いのもわかりました。


杞憂で終わればむしろその方がいいですし、そのことを望みたいです。

「覚悟」これがこの1週間で悟った感覚です、3,11の地震で免疫がついたかも知れません。


自然的ならば、これが習慣化していくことの方がもっと怖いと思うのです。

偉大なる大自然のエネルギーが怒り、我々人間界に制裁を加えているのなら、

それを甘んじて受けなければならないのかも知れません。


今の情報環境はこれから味方になるはずです、

これから何かとこの地震で恐怖におののき、判断力を失っている人々たちを牽引して

有利に持っていこうと不自然な行動や言動をとったりする人間たちを見ていればすぐにわかるはずです。

これからの将来のためにも、この経験で感じていく「すべての可能性は排除しない」でいきます。