「一番」「二番」「三番」いろいろと順番を決めていくことがあります。

自分にとって考えている「一番」の意味は、

「決めること」だと思っています。


一般的に物事などを「決められない」人のことを「優柔不断」といいますが、

人によっては「優柔」ではなく「軟弱」だと感じています。

ですから、

「軟弱不断:意志が弱くて固まることなく、軟らかくて、自己判断して行動ができないこと」

と名付けたいです。


「一番好きなこと」「一番やりたいこと」「一番楽しいこと」

この「一番」が大事だと思います。


「一番」を決めることから始まり、更に「決めていく」ための努力が始まります。

しかしその「一番」を「決める」には、

やりぬくために好きでもないことにも耐え、やりたくないことでもやらなければならず、

楽しくないこともあっても乗り越えていく勇気、忍耐、継続という

長い努力の一貫した連続性が必要になります。


そこですべてをやりぬいた結果が「一番」に成れることだと思います。

結果として価値が上がっていくのは、誰も何も決めていないところから、

どんどんと決めて行動を行ってきたからこそなのです。


よく公平、公正、公開ではない、ということへ不快感を思うのは

「決められない人」に与えている、あるいは「決められる人ではない人」

に与えている人たちの世界への不信感なのだと直感から思うことなのです。


今の日本社会で世の老若男女すべてを見通すと

「決められない人」の方が圧倒的に多く「決められる人」が少ないようです。

「決められない」のはその姿勢をみれば明確で、責任を取らないで楽をしたいから、

それをやらないのが判ります。


今は大変でも「決めて行く人」が後々にうまくいくのは世界どこの国でも決まった法則です。


また今日も頑張っていきましょう!