先週から疲労からくる関節炎で


「自ら」にTKOを喰らい、1週間治療に専念してきた。



今週の初めから3日間、


両足首の痛みで二本足で立つことすらできなかった。


悔しかった。



この10年以上、捻挫をしても熱が出ても休まずにレッスンをこなした。


特にこの5~6年は、やれ「不況」だ「不景気」だ、と気を病む人が多く、


どこが痛い、そこが痛い、もうだめ・・いろんな事を世間の人が言うから、


その人達のために、ベストを尽くしてきた。



そろそろ一度はガタがきてもおかしくない・・・


そんなことを、よく思った。



とうとう、その日が来てしまった。


正直、そんな感じがした。




見栄を張ろうとしている「自己愛」が


ゆっくりと壊れていくのが解った。


そして、


立てなくなって初めて、楽な気持ちになった。



「勝ちたい気持ち」や「良く思われたい気持ち」など、


すべて崩れていった。



人前で足の痛みを見せないように気を張ってきた。


それも出来なくなった。




それから


毎日、四つん這いで過ごした3日間、


4日めに立ち上がった時の感動。



5日め(昨日)に歩きはじめられたこと。


「当たり前のこと」に感動した。


ふと思った。



今の世の中は、何でも当たり前、


欲しいものは「お金」があれば手に入ると考え、


「拝金主義」が普通の世の中。


フィットネス業界も同様。



「ホットヨガスタジオ」「岩盤浴」が流行ったら何千万円もかけて整備し、


痩せるかどうだか解らないマシンが流行ればそのマシンを置く。

キチンとその「エサ」に物質的な人々はアリが甘いものに敏感なように群がっていく。


「ヨガ」や「ピラティス」などが流行れば「インストラクター」を目指す人が激増し、


簡単に「なんちゃってインストラクター」の出来上がり、


来年の秋頃には、「中国武術」「太極拳」や「カンフー系」がきっと流行っていることだろう。



今、この日本の多くの老若男女の人達は


「自分が何をしているか」も解っていない人ばかりだ。


毎日が、行き当たりばったり その場しのぎ。



指摘すれば、皆「不快」な顔をする。


「解っているからだ」



だから大切なこと。


自分の為の時間を大事にすること。


そして



自分の命の尊さを守る。


自分の命は、「自分だけ」のものではない。

両親兄弟姉妹、ご先祖、伴侶、友人知人たちとの愛の中で育まれた存在である。



「イジメ」「嫌がらせ」「病気」「怪我」「日々のやる瀬無い想い」


「人の命の重さ」を軽くさせる、人達が増えた。



だからこそ、


「負けるもんか」の気持ちが大事。


もし「自分が負けたら」


「人の命の重さ」を軽くさせる、人達を助長させることになるだけなのだ。


だから「負けない」



自分の心が弱くなることはある。


それを認めて、やり直すことだ。



弱い自分がたとえ今「0」ならば、「+1」を目指そう。


「-1」だっていい、「0」を目指そう。



「+1」になったらきっと「+2」になれる。


だから、二本足で自分は立ち上がれた。


負けるもんか。


これから「+1000000000000000」


にしてやる。


そう思った。



誰がなんと言おうとも「明日」は来る。


その「明日」は誰であっても自分のもの。