「命の使い方」 24 芝のとうふ屋うかいに行ってきました | 命の使い方

命の使い方

2009年8月、急性骨髄性白血病にかかり、2回の再発、非寛解での骨髄移植を経た記録をまとめた「60%の向こう側、20%のこっち側」を掲載しています。今は、闘病と闘病中に起業に挑戦した経緯を踏まえて、生かされた命の使い方を綴っています・・・

8月31日に、姉夫婦を誘って、家内と一緒に東京タワーのすぐ下にあるとうふ屋うかいに行ってきました。

最近僕は写真を撮るのが面倒くさくて、ほとんど撮っていません。今、食品関連の新規事業を始めていますが、食事の時に食べ物の写真も撮ったことなし。


久々に見た東京タワーはなんか小さかった。多分、スカイツリーが出来たからだろうと思う。タワーの足元にある「うかい」は敷地に入ると庭園になっており、次元の空間に入り込んでしまったという感じ。たまには良い息抜きでした。


さすがにおいしかった。けど、高かった。でも姉夫婦には相当額の資金を借りているので今日はご接待です。この二人がいなかったら、実家を売り飛ばしてました。


会社設立後すぐに白血病になってしまったので、奇跡的に回復しても戻る場所はありません。移植後3年間、ようやく事業基盤ができてきましたが、それまではマイナスがかさんでいました。あと1年分の資金があればどうにかできると金融機関にかけあっていましたが、今はダメですね。中小企業に対しては、保証協会が慎重になってきているらしいです。


と、言うことで、僕の母親が土地を売ろうと涙ながらに言ってくれたのです。でもオヤジは大反対。姉貴も実家に呼んで話し合いをし、売ることを決めました。ところが、姉貴の旦那さんが、5年間無利子と言う条件で、定年の退職金を貸してくれたのです。


全然想定していなかったのですが、両親も僕も救ってくれた。僕も変なプライドがありましたが、「上げるんじゃないから、貸すんだから。もし返せなかったから土地をもらうから」と言われ、だったらお言葉に甘えようと貸してもらうことにしました。


でも、今回は、自分で稼いだお金でご招待しました。

こういうことが出来るのも、周りの人の協力があってこそ。

なぜか絶望の淵に立つ度に、誰かに、何かに救われています。

今さらながら感謝です。