第十八 桜姫妖気に魘(おそ)はれて三たび病に臥す。
さてそれから、造酒丞は野分の方を護衛して、蝦蟇丸の首を携えて帰ると、家中の喜びは普通ではなく、蝦蟇丸の首を義治の墓前に手向け吉日を選んで宗雄と桜姫との婚姻を決めて、鷲尾の家を継いだ。この時、篠村二郎公光も山吹と婚姻した。
そこで弥陀二郎は、宗雄に頼んだのは「自分は若い頃、素行が悪く、亡君のお𠮟りを受け、生きておられる時にお許しを受けなかったことが心残りですので、切望いたしますのは殿、亡君に代わりお許しを下さい」と願うと、宗雄は承諾して、義治の霊前において𠮟りを許した。この時、篠村二郎公光の𠮟りも一緒に許したとか。
さて弥陀二郎はさらに願ったのは「自分は以前より剃髪の希望があったのですが、亡君の仇を報いた後と思い、これまで過ごして来ました。どうか改めて暇を下さい(家臣を辞める)」とかたく心に決めて願い、とても止められない様子なので、やむを得ず暇を取らせた。弥陀二郎は喜んで、常照阿闍梨を頼って法然上人の徒弟になり、姿を変えて、粟生野の光明寺の境内に庵を建てて住み、仏堂建立の望みにひたすら専念した。
こうして鷲尾の家は再び栄えたのだが、ここで再び一つの凶事が発生したのである!!
桜姫は甦生してから後、とにかく日の光を見ること嫌って、暗い所を好み、鬱々として楽しむ事がなく病人の様になったのであるが、ある夜、野分の方が姫を慰めようと酒宴を催して、酔った乗りで言ったのは「しばらくお前の爪弾く音を聞いていない。どうか一曲聞かせて」と言う。
桜姫は甦生してから後、とにかく日の光を見ること嫌って、暗い所を好み、鬱々として楽しむ事がなく病人の様になったのであるが、ある夜、野分の方が姫を慰めようと酒宴を催して、酔った乗りで言ったのは「しばらくお前の爪弾く音を聞いていない。どうか一曲聞かせて」と言う。
桜姫は答えて「この年月は心を痛める事が重なってしまったので、琴なども手に触れなかったので、学んで得た技能も皆忘れました。仰せならなんとか弾いてみますが、差し当たっては調音するのもしっかりと出来ない」と言う。
野分の方は笑って「別に聞く人もいないのに、なにも気にすることはない」と言って進めるので、仕様がなく「たいへん稚拙です」と言いながら、琴を引き寄せて演奏して、老い鼠という現代風のを、声細く歌った。
曲の途中で、桜姫はなんとなく物悲しくなって、思わず涙をはらはらと琴の上に落として糸を濡らして自然に響きが落ちて濁りが出て、声も泣き声で歌ったが、さすがにたくみな技量の演奏なのでかえっていつもより達者で、聞いていると哀しさを感じ、野分の方は目を閉じて頭を垂れて聞き入った。
桜姫は、なおも演奏に集中している時に、突然に燈火が暗くなり、燭台の後ろに怪しい人影が現れて、姫はこれを見て「ああっ!!」と叫んだ。
野分の方はその声に愕いて、目を開いて怪しい物を見つけて、枕元の刀を抜いてバッサリと斬ると、たちまち一塊の青い火となって消え失せて、ただ雲などを斬ったようで刀の力が余って、姫の弾いていた琴を真っ二つに斬って割れば、琴柱はハッシと飛び散って、切れた糸の先が全て蛇と化し、鎌首を持ち上げて姫の方に向かったので、姫はこれを一目見てすぐに倒れて気絶した。
大胆な野分の方も、これを見て茫然として刀を取り落とし、尻餅をついてドッと倒れたが、姫の様子を見て驚き、すぐに腰元を呼び、気付け薬を使ったり湯を与えたりして介抱するとしばらくしてようやく意識が戻った。
これよりまた姫は病床に臥してしまえば、野分の方や宗雄を始め、一同悩むこと限りが無かった。
これよりまた姫は病床に臥してしまえば、野分の方や宗雄を始め、一同悩むこと限りが無かった。
姫の病は、ただうつらうつらと夢のようになり、正気を失って、物事も進まず、良医を呼んで霊薬を用い、療養を加えても少しも効果がなっかた。野分の方は普通の人よりも、子を慈しむ性格だったので殊更悲しみ、昼夜傍から離れず、心を尽くして看病した。
しかし、ある夜丑三つのころに、桜姫は気持ちが疲れたのかすやすやと眠り、野分の方も看病に疲れて少しまどろんだ時、廊下の方で人の足音が響いて、障子をサーッと開ける音がした。
しかし、ある夜丑三つのころに、桜姫は気持ちが疲れたのかすやすやと眠り、野分の方も看病に疲れて少しまどろんだ時、廊下の方で人の足音が響いて、障子をサーッと開ける音がした。
野分の方は眠りを覚まして見ると、館の中に見慣れぬ美しい切禿(きりかぶろ・頭髪を肩のあたりで切りそろえ、結ばないでいる子ども)二人、鎧唐櫃を掲げて出てきて、帽額(もこう・水引幕の類)の簾の下におろして御簾(みす・すだれ)を開けるように見えたが、中から数百の蛇が蠢いて出て、御簾の裾をくぐって入り、桜姫に飛びついて、首筋、手首、腹などに纏(まと)い付くと、桜姫は「ああっ!!」と叫びながら身を悶えて苦しんだ。
野分の方は驚いて、姫を助けようと思いながら立ち上がろうとするが、身体が痺れて腰が立たないので、たいへん気持ちを苛立たせた時、颯然(さつぜん・はっと)として目覚めた。
さては夢であったかのかと辺りを見れば、桜姫はのけぞって倒れて、口より血の泡を吹き手足を震わせて苦しんでいた、夢かと思えば、これはまた現実であった。
これより毎夜、家が揺れたり家鳴がしたり、床下で人の悲しむ声が聞こえたり、家の棟から高笑いがするなど怪異が発生した。
これより毎夜、家が揺れたり家鳴がしたり、床下で人の悲しむ声が聞こえたり、家の棟から高笑いがするなど怪異が発生した。
その後は昼夜の境も関係なく異類異形の物が出現して、ある物は舞ったり歌ったり、ある物は呻いたり叫んだり、戸や障子に烈火が燃え移ったり壁の蔀(ひとみ・格子)に大きい石を打ち付ける様な音がして驚かせたりした。
腰元達はこれを見たり聞いたりするたびに気絶して、暇を願う者が多かった。
田鳥、篠村、山吹達は病床を守護して「これはきっと清玄の怨霊のしわざであろう」と、鳴弦蟇目(弓と鏑矢を用いた降魔儀礼)の法をおこない、加持祈祷をしても、妖怪はますます止まなかった。
そしてまたある夜、野分の方を始め皆で看病していると、頻(しき)りに眠気を催し皆思わず眠り込んだが、姫が一声「あっ」と叫んだのに驚いて、眠りを醒まして見ると、気絶していたので、慌てふためいて呼びかけて意識を戻させると、すぐに起き上がって、スッと立ち上がるのを見れば、これは何としたことか、姫の姿は二人となり、振り乱した黒髪を左右の手で掴んで「ああ恨めしい、腹が立つ」と言いながら足を踏み鳴らし、ジッと睨みつける顔色の恐ろしさは、身の毛がよだつほどである。
そしてまたある夜、野分の方を始め皆で看病していると、頻(しき)りに眠気を催し皆思わず眠り込んだが、姫が一声「あっ」と叫んだのに驚いて、眠りを醒まして見ると、気絶していたので、慌てふためいて呼びかけて意識を戻させると、すぐに起き上がって、スッと立ち上がるのを見れば、これは何としたことか、姫の姿は二人となり、振り乱した黒髪を左右の手で掴んで「ああ恨めしい、腹が立つ」と言いながら足を踏み鳴らし、ジッと睨みつける顔色の恐ろしさは、身の毛がよだつほどである。
これより、一体に二つの形となり、物を話す声や身の動きまで、少しも違わず、どちらが本物の桜姫か判別がつかず、皆あきれはてて「これはどういった怪異だ、世に離魂病と言うものの類であろうか」と言い合った。
こうして二人の桜姫は昼夜を問わず悶え苦しみ、その間々には起き上がって、辺りを睨んで怒れる様子をするので、大胆で気の強い野分の方も、愛娘の苦痛を、まのあたりに見ることに耐えられず、その身も心も疲れて痩せ衰えて、共に悩み苦しんだ。
こうして二人の桜姫は昼夜を問わず悶え苦しみ、その間々には起き上がって、辺りを睨んで怒れる様子をするので、大胆で気の強い野分の方も、愛娘の苦痛を、まのあたりに見ることに耐えられず、その身も心も疲れて痩せ衰えて、共に悩み苦しんだ。
(この後の記述は離魂病に関する考察であるが本筋と関係ないので省略。次回は怨霊と悪霊払い師となった常照阿闍梨との対決になり、意外な結果になります{訳者})
(図の文言 鷲尾の家再興の後さまざまの怪異あり)