第十七 鷲尾の家士故君の讐を復す。
こうして弥陀二郎、姫を背負って逃れて行く途中で、篠村公光が山吹を取り返して帰って来るのに都合よく出会い、互いに事のだいたいを語り、四人連れ添って公光の家に着いて、弥陀二郎と篠村公光両人、相州竹の下道の一別以来の事を語り合い、弥陀二郎は清玄執着の悪念が深く姫を悩ませた事彼を殺して姫を救った事の終始を語れば、桜姫は甦生して彼に苦しめられた仔細を語って、一同喜んだ。
さて弥陀二郎と篠村と心を合わせて、田鳥造酒丞を始めとして、あちこちに隠れ住んで、仇を狙う同志の義士達と話して、平太夫を打って亡君に手向けようと相談している所へ、三木之助伴宗雄も舅の仇を報い、家を再興する計画をしていると聞いて、宗雄を仇討の主として、篠村公光、弥陀二郎、田鳥造酒丞を始めとして、荒部三郎、前山四郎、栗村善太、雀部強助、志摩勇平、船井橘二、和久九朗八郎、横作恵六、船木十郎そのほか宗雄の家来三人、篠村の妻山吹、同じく家来藤六など都合十八人、信田の家に乱入してついに打ち取り、首を義治の霊前に手向けて追善を行い昼夜の別なく跡地に館を建てて、桜姫を移らせて「このうえは野分の方の行方を、草を分けても捜すべし。ことさら九朗判官からいただいた太刀と、家系の一巻を持って立ち退いたので、これが無くては家を相続できない。誰かをこのことの専任に就かせる」と、宗雄は皆に向かって協議すると、造酒丞が進みでて、「私に命じて下さい。どのようにしても御行方を捜しだします」と話すと、宗雄は喜んでただちに彼に命じると、造酒丞はいそいで旅の仕度を整えて、何処というあてもなく出発した。
こうして弥陀二郎、姫を背負って逃れて行く途中で、篠村公光が山吹を取り返して帰って来るのに都合よく出会い、互いに事のだいたいを語り、四人連れ添って公光の家に着いて、弥陀二郎と篠村公光両人、相州竹の下道の一別以来の事を語り合い、弥陀二郎は清玄執着の悪念が深く姫を悩ませた事彼を殺して姫を救った事の終始を語れば、桜姫は甦生して彼に苦しめられた仔細を語って、一同喜んだ。
さて弥陀二郎と篠村と心を合わせて、田鳥造酒丞を始めとして、あちこちに隠れ住んで、仇を狙う同志の義士達と話して、平太夫を打って亡君に手向けようと相談している所へ、三木之助伴宗雄も舅の仇を報い、家を再興する計画をしていると聞いて、宗雄を仇討の主として、篠村公光、弥陀二郎、田鳥造酒丞を始めとして、荒部三郎、前山四郎、栗村善太、雀部強助、志摩勇平、船井橘二、和久九朗八郎、横作恵六、船木十郎そのほか宗雄の家来三人、篠村の妻山吹、同じく家来藤六など都合十八人、信田の家に乱入してついに打ち取り、首を義治の霊前に手向けて追善を行い昼夜の別なく跡地に館を建てて、桜姫を移らせて「このうえは野分の方の行方を、草を分けても捜すべし。ことさら九朗判官からいただいた太刀と、家系の一巻を持って立ち退いたので、これが無くては家を相続できない。誰かをこのことの専任に就かせる」と、宗雄は皆に向かって協議すると、造酒丞が進みでて、「私に命じて下さい。どのようにしても御行方を捜しだします」と話すと、宗雄は喜んでただちに彼に命じると、造酒丞はいそいで旅の仕度を整えて、何処というあてもなく出発した。
それはさておき、ここにまた、蝦蟇丸は日向の国に赴いて住居を手に入れ、ただちに帰ってくると、野分の方は帰国を喜ぶ言葉を述べてから、松虫鈴虫の姉妹が家出したことを語れば「良い値で売るべきだったのに、惜しい宝を失ったものだ」と言って悔やみながら、重ねていった「あちらの国に住居を求めておいたので、近々この家を片づけて、あなたを連れてあちらへ行って、安心して居られる」と答えた。
野分の方「それは喜ばしい事です」と答えながら、蝦蟇丸が携えてきた行李(こおり・旅行用の入れ物)を開いて、中に尾長の蝦蟇が多数あるのを、内心怪しく思ったが、何気ない様子で、その夜になって蝦蟇丸に聞いたのは「あなたは前年、丹波の国鷲尾の家に捕らわれ、獄舎を破って逃れた事がありませんか」と言う。
蝦蟇丸はこれを聞いて内心驚いたが、なんでもない様子で、だまして言った「我にはそのような覚えはない。あなたは何故その様な事を言う」
野分の方は「あなたが行李の中に持っている蝦蟇は、世の中に普通に有るものではない。蝦蟇使いと言う盗賊達が証しに持つものと聞いたことがある。ゆえに、あなたがもし彼らの仲間で前年鷲尾の家に捕らえられた人ではないかと思い、聞いたのです」と言う。
蝦蟇丸は言った「いかにも我は蝦蟇使いの首領である。あの蝦蟇は、新しく手下ができた時、与えるために持ってきた。だが鷲尾の家に捕らえられた覚えはない。それは我が手下の者であろう」と偽り「しかしあなたは何故にあの蝦蟇を見知っているのか」と怪しめば、野分の方この答に行き詰って「私はわけがあって知りました、そのわけはゆっくりと話します。旅の疲れもあるので、まず酒を一杯飲んで休んでください」などと言って、この場をすませたが、これによりお互いに心の底を疑う気持ちが出てきた。
蝦蟇丸は以前から、野分の方の持ってきた太刀が普通のものでなく、さらに錦の袋にいれたお守りの様な物を、肌身離さず持っているのを不思議に思い、あれと言いこれと言い、簡単に真実を明かすことはないだろうと思い、次の夜に酒を進めて大いに酔わせて、熟睡している時をうかがい、あの袋を取って開いてみると鷲尾の家系なので大いに驚いて「さてこれは鷲尾の内室(正妻)に疑いない。彼女は男に勝る腕前がある上に、大胆な女なので、我が義治を打ったと知ったら、寝首を斬り落とされるかも知れない。早くだまして殺して、後の禍を除くにかぎる」と心に決めて、その夜は一緒に寝た。
さて次の日になり、野分の方は何も考えずに鏡に向かい、髪を搔き上げている油断の時を狙って、蝦蟇丸はツッと寄って押し倒し、高手小手に縛り上げれば、野分の方は驚いて「あなたは狂ったのか、私に何の罪があって、このように縛るのだ」と言う。
さて次の日になり、野分の方は何も考えずに鏡に向かい、髪を搔き上げている油断の時を狙って、蝦蟇丸はツッと寄って押し倒し、高手小手に縛り上げれば、野分の方は驚いて「あなたは狂ったのか、私に何の罪があって、このように縛るのだ」と言う。
蝦蟇丸は答えもせず、入り口の柱に縛り付けて言ったのは「お前は、福原の皇居に仕えていた官女と言うのは嘘で、実は鷲尾十郎左衛門義治の妻だろう。昨夜お前が持っている家系の一巻を見てこれを知った。とても生かしておくべき者ではないので、仔細を話して聞かせてやる。我は平田四郎の子であると言うのは嘘で、実は海賊の首領、木の冠者利元の子である。義治の先祖鷲尾太郎維綱(これつな)の為に、父利元を打たれて、無念が骨の髄まで沁み込んで、せめてその孫である義治を打って恨みはらそうと、前年手下の下っ端の族達を従えて丹波に来て、敵の隙を狙っていると、悪い時に重病で力が弱って捕まったが、辛うじて逃げ去り、時間が過ぎるのを待って、幸い信田平太夫に荷担して邸内に忍び入り、義治を打って、いつも以前から願っていた思いをとげた。それゆえに今お前を殺して、後の災いを除く、覚悟しろ」と言うと、野分の方は歯ぎしりして言った「さては、義治殿を打った信田の刺客はお前であったか。私は一時お前の愛情が切実なのに心が迷って、このようなあばら屋に月日を過ごしていても、お前は私を日向の国に連れて行こうと言うので、遠い国に行っては日頃恋しいと思う娘に会えなくなり、さらに一昨夜、お前の答えた言葉のなかに怪しさがあり、まづお前に誘そわれて行き、途中でお前を殺して、逃げ去って娘の桜姫の行方を捜そうと、ひそかに胸の中で決めていたのに、お前に先を越された悔しさよ。お前も一人の男でありながら、女の手並みを恐れて、この様に縛っておいて殺そうとするのは、卑怯至極の仕業であり、さっさと縄を解いて立ち合って勝負を決めなさい」と言う。
蝦蟇丸は笑って「卑怯とも言うならなら言え、籠を開いて鳥を逃がすより、檻の中の獣を殺した方が良い。早く冥途へ行け」と言いながら、氷の様な刀を抜いて、唯の一打ちと振り上げた。
その時、突然強く冷たい風が吹き、空中より一匹の蛇が現れて、蝦蟇丸に飛びつき、右腕に纏(まと)い付いが、たちまち腕がしびれて斬ることができなかった。しばらく愕然として心が緩んだ。さすがに大胆な者なので自分自身を励まして、子蛇を取り捨ててまた刀を振り上げた所へ、前の林の茂みの中に弓弦の音がヒュッと鳴り響いて一筋の矢が飛んできて、蝦蟇丸の胸を箆(の・矢の棒の部分)が深くグサッと射通した。一矢といっても確かな的であったので、どうして持ち堪えることが出来るものか、ただちに倒れて死んだ。
そして、林の茂みの中から旅装束をした一人の武士が、二所藤(ふたところとう・和弓の形体)の弓を小脇に抱えて挟んで現れて出てきて、悠々と歩いて来て野分の方を縛っていた縄を解き、上座に座らせてうやうやしく礼をした。野分の方はこの人物をみて、つまりこれは田鳥造酒丞なので、喜ぶことに限りがなかった。
造酒丞は、頭を下げて言った「君の御行方を探し出そうと、心配して、ようやくこの山中に隠れ住んで居られると聞きだして、あちこち探しおりますと、運よく危急をお救い出来ましたのは御運の強い所です」と言って、宗雄を主として信田平太夫を打ち取り、屋敷を新しく造って桜姫を移らせた終始を語れば、野分の方ますます喜び「この蝦蟇丸と言う者こそ、信田の刺客となり、殿を打った者だ」と告げると、造酒丞は亡君の仇を報いたのを喜び、野分の方にこの家にいる理由を聞くと、野分の方は蝦蟇丸の妻となった事は隠して、ただ彼に騙されて捕らわれたが、幸い身を辱めたりはしなかったと偽り、宝刀家系も失わず二品を渡すと、造酒丞は押し戴いて受け取って納めて、外に出て、扇を上げて差招くとすぐに、林の茂みの中から十四五人の従者が梨地に高蒔絵をして光を放つ様な乗り物を担いで出てきて、一揃いの着物取り出して差し出した。野分の方は、ぼろを脱ぎ捨てて、これに着替えると、物の色が手に移る様に輝いた。
造酒丞が「さあ、御帰国いたしましょう」と言うと、野分の方は頷きながら、静かに乗り物に乗ると、造酒丞は蝦蟇丸の首を切り落として携えて、従者に命じて前後の列を整え、麓に向かっていそいで下った。
(あっさりと御家再興を果たしましたが、桜姫はこの後様々な怪現象に襲われます{訳者})
清玄の霊桜姫を慕ふの図 月岡芳年 画