久生十蘭「紀ノ上一族」の鬼畜な内容 | 五郎のブログ

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桃源郷は山の彼方にあります

本棚で埃を被っていた函館出身の作家の小説を読んでみた。その過激な内容!!
明治39年4月、金門湾の日光丸にカルフォルニア州農事局の招聘により、現地の水田での日本水稲植付けの為、和歌山県伊那郡紀ノ上村の入植者52名が乗っていた。
彼らが船上で見た光景は、震災直後の火災により焦土となって行くサンフランシスコ市の凄まじい惨状であった。
上陸した一行は、入植地に行くのを遅らせ市の復興に尽力する。
しかし、彼らを待ち受けていたのは日本人に対する憎悪と情け容赦のない迫害であり、米国での紀ノ上一族への三代に亘る迫害と殺戮による、一族滅亡までの物語の始まりである。
戦時中の小説なので、鬼畜米英と大日本帝国万歳のプロパガンダの臭いが随所に感じられる作品となっているが、視点を変えて読むと別な面もある。
震災時の異民族迫害は関東大震災での朝鮮人虐殺事件を思い起こす。
紀ノ上一族は現地に順応できず、あくまでも日本人であり紀ノ上村の稲作農民であることに拘泥する。

米国人の異民族(有色人種)に対する蔑視そして警戒感と、日本の村社会の倫理感を米国に持ち込んだ一族との齟齬を描いているともとれる。
時代と国を超えて、どこでも起こり得る出来事に思う。

小説の構成は四部に分かれていて、以下の内容となっている。
 第一部 加州
サンフランシスコ市において復興作業を行うも、日露戦争に従軍した者もいた為、日本軍人による市の統治と煽られる。
この背景には、市の荒廃した人心を日本人排斥運動へ誘導し立て直しを図る方針があった。
冤罪により32名が砂漠の刑務所に流刑となる。流刑地でのメキシコ人の紛争に乗じて脱走しメキシコの反政府軍に協力するが 反政府軍の裏切りにより12名がコロラド巡邏隊に「死の谷」へ追い詰められ死亡する。
 第二部 巴奈馬
生き残った一族は四散、ブラジルに移民した五家族もあったが稲作にこだわり失敗して惨憺たる状況になる。
それでも何とか新種の苗作りに成功するが、悪辣な米国人に耕地を奪われ、家族は現地で生まれた五人の少年と生き別れになる。
五人の少年達はパナマに辿りついたのものの、パナマ運河工事進捗遅れ隠ぺいの為の謀略に嵌められる。
運河工事現場を爆破した日本人少年のテロリストとして死刑を宣告されるが、日米緊張緩和政策によりコールタールを塗られ現地の黒人少年として処刑される。
 第三部 カリブ海
大正九年、少年達と生き別れた五家族は、ヴァージン諸島のデンマーク領である一島(紀ノ島)を購入し稲作に成功する。
その後デンマーク領の三島を米国が購入して米国領土として島に軍事施設を設けるが、隣接する紀ノ島住民は邪魔な存在であり、新型爆撃機の演習場として紀ノ島を爆撃して壊滅させる
 第四部 羅府
ロサンゼルスには一族の三代目を含めて八人が暮らしていた。日米開戦が間近い時期である。FBIは彼らを「不快なる家族」として危険な存在と認識する。
一人そしてまた一人とFBIに謀殺されてゆく。そして最後の一人である一族三代目の定松は「死の谷」で最後を迎える。
紀ノ上一族

(以下は2020/6/16 に追加)
実際にリトル東京の店の窓に掲示された羅府新報特報第一號 (1942年4月7日)
日系人の立退きを報じている。