玉蘭
桐野夏生
[ 2001年3月1日発行 ]
桐野夏生さん独特妖艶な大人の小説。
恋人、仕事、キャリア。
すべてを捨てて上海に留学した有子に、若き大伯父が幽霊となって会いに来た。
70年前、戦時下の上海で大伯父は一人の女を愛した。
時の流れを越え、飢えた魂を抱えながら生きる男と女
交錯する二つの恋愛の果てに何を得るのか。
[ 帯より ]
故郷で優等生だった有子は、東京に出て自分を遥かに上回る女が多数いる事、その事実を認め咀嚼するまで数年間は苦痛に満ちていた。
それでも必死に頑張り大学でも優等生になり達成感を得る。
それは他人に評価されるところでしか存在し得ない達成感だった。だとすれば、永遠に誰かの評価を待たなければならない。
きっと何かが間違っている。
有子はそれを東京戦争という。
恋人の裏切り、仕事の失敗、有子は上海に一人で留学する。
有子の父方の祖父の兄、大伯父が戦時下汽船の機関長として上海に住んでいたと日記を託される。
伯父質(ただし)はその後失踪して行方がわからない。
ある夜、有子の住む上海の学生楼に質の幽霊が現れる
男は「新しい場所に来たから、新しい世界が始まるなんて幻想だ。新しい場所に足を踏み入れるってことは良く知っている世界の、実は最果ての地に今いるっていうことなんだ」と言う。
上海で有子は変わっていくのか?
伯父質のその当時戦時下での生活、妻浪子も絡み
そこからこの小説は加速して面白くなる。
1927年中国は内戦状態にあった。
明日は運命が変わるかもしれない、先の読めぬ時代。
22歳、日本には2度と戻らない決心で上海に来た質。
闘争もある世界で、命をなくすかもしれない。
もしかすると、新たな自分を得ることができるかもしれない。新しい世界で新しい自分になる。
膝頭が震えるほどの恐怖と、空を見上げているような広やかな期待と。
ゴミゴミした中国広東の裏町に住む年上の浪子。
薄ら汚れた町が目に浮かぶ。
彼女の生き様も人間くさく面白い。
新しい自分を求めて新たなる場所に。
人は一度はそういう気が湧き起こる。