(絵 麦畑)


【注意】

沙里…このお話では木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)の転生ということになってます。

すずめ…このお話では天宇受売命(アメノウズメノミコト)の転生ということになってます。


沙 ふう…


練習が終わり、手を洗う。

ハンカチで手についた水をふきとる。

そんな日常の仕草も、沙里はていねいにする。

その所作は美しく、


さすが、神社の巫女さん!


とからかわれることもあるが、


日常の所作がいつも祈りとなるよう、ていねいにやりなさい。


と教えられて育ったので、沙里はなんと言われても気にしないようにしていた。


でも、どうしても動作がゆっくりになるし、時間に追われると、遅れそうになって、内心あせることもある。

そんな心の動揺もふだんは見せまいとしている。


明日から試験なので、みんな今日は早めに練習を終えていた。

沙里はふだんから真面目に勉強するタイプなので、試験前もいつもと同じようにひとりで練習したため、音楽室の鍵を閉めるのは沙里の役割。


誰も居残りしていないのを確認して、鍵を閉めると、すずめが


す お疲れ!


とやってきた。

低音パートの練習も終わったらしい。


沙 試験前なのに、まだ練習してたの?


す うん、うちの場合、試験前にあせってもしょうがないっていうか。


そう言って笑うすずめ。

完全に一夜漬けタイプのすずめは、出題範囲を勘で当てるらしく、成績はまずまずだった。

成績が悪いと、練習で居残りさせてくれないのだ。学業と部活の両立は吹奏楽の強豪校にとっては永遠の課題なのだろう。


沙 それじゃ、滝先生に鍵返してくるから、校門で待ってて。


す アイアイサー!


沙里が滝先生に鍵を渡すと、教頭に釘をさされてるらしく、


滝 遅くまでご苦労様です。でも、試験前は早く帰った方がいいのでは?


沙 だ、だいじょうぶです!ふだんからきちんと勉強してるので…

し、失礼しますっ!


そう言ってあわてて、職員室をあとにした。


ふう…


なんとなく、ため息をついてしまう。

落ち着きを取り戻そうとする沙里のクセ。

心臓の鼓動を落ち着かせると、校門へ向かった。


ふたり並んで帰る夜道を月明かりが照らしていた。



・・・


咲 …ということらしいですの。


ここは天上界。

地上を生きた神様たちは、地上の死を迎えると、ここに帰ってくる。

高天原と呼ばれる場所。


コノハナサクヤヒメは、お茶を飲みながら、ふだんから仲のよいアメノウズメと相談事をしていた。


ウ だから、今回は総動員だって上の神様から指令が出たんでしょ?

だったら、もう行くしかない!


サ そうなのですが、わたくし、もうずいぶん地上に降りておりませぬ…。不安がどうしても先に立ってしまうのです。


ス そんなこと言って、またあなたの旦那様と地上の生を謳歌するんでしょ!もう、アツアツなんだからー。


サ そ、そんなことは…

あの方も今回はお忙しそうですし、地上ではこちらにいたときの記憶は忘れてしまうのですよ。

ほんとうに出会えるかどうかもわからないので、殿方の候補を何人か選べと言われて。


ス サクヤってば、一途なんだから、もう。


サ そういうスズメはどうされるのです?


ス ま、あたしはこういう性格だから、すでに何人かに粉かけといたわ。みんな、喜んで!と言ってくれたわよ。


サ あなたのいい人はどうなさるのですか。


ス あんな唐変木(とうへんぼく。無神経で鈍感の意)、どうでもいいっての!

一応、声はかけたけどさ、

『わしは今回は人のご縁を繋ぐのに大忙しじゃから、お前の相手はしてやれんかもなあ』

だって。

失礼しちゃう!


サ まあまあ。遊びに行くのではないから、仕方ありませんわよ。


ス で、どういう人生にするか、もう決めたの?


サ はい。まずは神社の神主の家に生まれて、神道の教えを身につけて、それから、音楽、そうですわね、楽器などを学んで、音霊を使って愛の波動を世の中に伝えていこうかと。


ス へー、楽しそうね。いいじゃん。あたしもそれに乗ろうかな。


サ と言いますと。


ス だから、サクヤの近くに生まれて、友達になってあげる!それで一緒に遊んだり、神道を教えてもらったりして、あたしも音楽するの!

あ、でも、スポーツするのもいいかな。あたし、じっとしてる性分じゃないから。


サ それはとても心強いですけど、あなたなら、もっと活躍できるのでは。芸能の神様だし…


ス ま、あたしは多才だからね。ひとつのことをずっとやり続けるのはできないかな。でも、夢中になれることなら、なんだってしてみるつもりよ。人生はチャレンジが大事、っていうか、それがすべてだって、みんなに伝えたい。


サ そうですね、ある意味では世界を変えるためのチャレンジが必要なときですものね。


ス そうそう。みんなに伝えること伝えたら、さっさとこっちに戻って来ちゃおうかな。


サ それは心細いですわ。わたくしのそばにずっていてくださいまし…


ス え? あー、わかったわかった。サクヤにそう言われちゃあね。付き合ってあげる。天国でも地獄でもどこへでも❤️


サ わたくし、地獄に落ちるつもりはございません。


こうして、ふたりは、生まれる場所として、地上では比較的波動のよい、京都の宇治という場所を選んだのだった。



・・・





す えーっ、みなさん、ご静粛に!

沙 すずめ、ちょっと、このタスキ、ほんとに恥ずかしいんだけど。外しちゃダメ?

す ダメダメー!ファーストインプレッション、第一印象が大事だよ!沙里はおとなしめだから、最初くらいは部長アピールしないと❤️


ふたりはタスキをかけていた。

沙里のタスキには『ブチョー』、すずめのタスキには『フクブチョー』と手書きで書いてある。

ちなみに、すずめはドラムメジャーも兼務予定だ。


す というわけでー、前職の副部長から指名されたので、副部長やります、釜屋すずめでーす。


沙 みんな、知ってるよ。自己紹介しなくても。


くすくすと笑いがもれる音楽室。


す そして、こちらが、恥ずかしがり屋さんだけど、芯はしっかりしてる、新部長の義井沙里ちゃんです。みんな、サリー部長って呼んだげてね!


沙 もう。わたしにもしゃべらせてよ…

このたび、前部長の梨々香先輩から指名されて、部長をつとめることになりました、義井沙里です。よろしくお願いします。


す サリーだって、自己紹介してるじゃん!


すずめのツッコミにあたふたと動揺する沙里。

ふたりの掛け合いは、低音パートなど、一部の人には知られていたが、吹部全員に知れ渡ることになったのだった。



・・・


サ ふう、なんとかここまで来ましたね。


ス やっぱり部活する以上、影響力持たないとねー。


サ 沙里はやりたくない感満載でしたが、夢の中で説得して、なんとかその気になってもらいました。あなたに相談したい人たちがたくさんいるから、その期待に応えておやりなさい、そのために部長をおやりなさい、と。


ス やっぱ、守護霊はときには心を鬼にしないとねー。


サ わたくし、鬼ではありませぬ。


ス まあ、うちの子は素直に同調してくれるんで、楽だけど。


サ あなたの性格、そんまんまですものね。


ス それ、なんかディスってる?


サ ディスってる?なんですか、その言葉は。あまりよい意味ではないようですが。


ス サクヤってば、とぼけて。言霊で意味はわかってるでしょ!


サ わたくしはほめたつもりですのよ。


ス それも伝わってるよ。あたしら、テレパシーってか、以心伝心だものね。


サ 地上だとそうはまいりません。だから、あの子も苦労するのです。神社の一人娘で、箱入りで育てられたせいか、内向的になってしまって。


ス 地上に出た分身は、あたしらのコピーじゃないってこと。


サ そうですわよね。わかってはいるのですけど。


ス サクヤはもっと過激な一面もあるもんね!

あの子はそこを天上界に、置き忘れたんじゃないの?


サ これから成長するにしたがって、新たな面も出てくるのでしょう。今はまだ、子供です。



・・・



部長就任挨拶が終わり、いつものように沙里はため息をついた。

沙里が尊敬している先先代の黄前部長も、最初はこうだったのかな。

沙里は黄前部長のしっかりしたところしか知らないから、自分が本当に部長に相応しいのか、疑問に感じていた。


す ヤッホー、ご苦労さん。おうちに帰るよー。


いつも通りのすずめを沙里はたのもしく思った。

きっと、これから部長としてさまざまな課題にぶつかるのだろう。全国大会金賞を目指す以上、それは覚悟している。ひとりでは越えられない壁も、すずめや吹部のみんなとなら、きっと越えていける。そう信じて、前に進もう!


沙 もう、待ってよ、すずめ!


前を向いてどんどん先に歩いていくすずめの背中を沙里は追いかけた。