ちかおとちえりは、みんなが帰ってから、こっそりと落ち合った。

ちかおとしては、最上級生として後輩の面倒も見なければならない。

そう言って、ちえりを納得させようとしたのだが、それでもちえりは引き下がらず、みんなが帰ってから会うことにしたのだった。

 

いったん宇治駅までみんなと移動し、トイレに行くからと言って別れると、急いで待ち合わせ場所へと向かう。

 

LINEを見ると、もう待ってるようだ。

 

ちか やべっ!

 

走って待ち合わせ場所の公園に到着すると、ちえりはクラスの女子(芽衣子)と立ち話をしてるようだった。

ちかおが、着いたぞ、とLINEすると、それに気づいたちえりは、クラスメイトと別れて、こちらに走ってくる。

 

ちか いいのか?

ちえ うん、ちかおが来るまで待つのに付き合ってくれてただけだから

ちか そっか

 

ちかおが手を出すと、ちえりがそっと手を絡めてくる。

 

ちか 夜店、見に行く?

ちえ ううん、二人きりがいい

 

そう言われて、どきりとするちかお。

祭りのせいか、ちえりがいつもより積極的なように感じた。

 

ちか あいつらさ、俺たちのこと、どこまで知ってんの?

ちえ うん、応援してくれてるって感じ。あたし、あまり話してないよ?

ちか だよな。

 

ふたりは高一の秋からなんとなく付き合い始めていた。

原因は、ちえりが仲良くしていた先輩が部活を卒業し、もともとコミュ障の傾向があったちえりは、ひどく落ち込んでいた。

それを見かねて、声をかけるようになったのだが、ちえりに告られてしまい、友達としてでよければ、と返事をしたら、笑顔で返されて、ドキッとした。

 

(こいつ、笑うとかわいいじゃん…)

 

吹部はせまい社会なので、部員同士で付き合ってるのがバレると、なにかと面倒だ。

ふたりの交際は学校の外に限定することにした。

お互い、練習に忙しく、練習のあとにこっそり待ち合わせして、お茶するくらいの関係。

話すのはもっぱらちかおで、ちえりはうなづくだけ。

でも、楽しそうにしてるので、まあいいか、と思っていた。

高二の冬にアンサンブルコンテストでちえりのチーム(クラ四重奏)が県大会に出場することになったのには、驚いた。

努力家のちえりなら、もしかしたらと思っていたが、ほんとに成し遂げやがった。

少し嫉妬したが、ガールフレンドの活躍は嬉しい。

コンクール出場のたびに応援にこっそり行っていた。

 

あれ、ちかおくんじゃね?

 

会場で、めざといクラのメンバーに言われ、ちえりは人違いだよも否定したが、逆に疑われてしまい、顔を真っ赤にして、知らない!と言ってしまった。

クラのみんなは事情を察して、冷やかしつつも祝福してくれた。

それがちえりには嬉しかった。みんなに隠し事してて、後ろめたい思いも少しあったから。

ちかおにそのことを話すと、

 

ちか ま、いいんじゃねーの。バレるときはバレるし。俺も秀一には言ったしな。

ちえ あ、言っちゃったんだ。

ちか その代わりにあいつの恋バナも聞き出したけどな。

ちえ 久美子ちゃんとのこと?

ちか そうそう。ま、あいつら、公然の秘密って感じだけどな。

 

自分たちもこうやって少しずつみんなに認知されてくのだろうか。

ちえりは早くみんなに知ってほしいと心のどこかで思っていた。そうすれば、こそこそ付き合わなくて済むから。

そんなちえりの心を知らぬかのように、ちかおは秘密主義を貫くのだった。

まあ、女子のネットワークはすごいので、吹部の三年女子の間で二人の仲が公知になるのに、時間はかからなかったのだけど。

 

自分はちかおにとって、どういう存在なんだろう。ガールフレンドであることは間違いない。でも、恋人と言えるほどではないと思う。

ちかおとは手を握るくらいの清い交際。

なかなか進展がないのは、奥手の自分が悪いのか。

ちかおは軽薄な印象があるが、結構真面目だ。こちらに合わせてくれてるのかもしれない。

でも、キスだってしてほしいし、ハグだってしたい。

そういう意味では、縣祭りはチャンスだ。

祭りは人を大胆にさせると言う。古来の祭りは男女のまぐわいの場であったと、なにかの本で読んだことがある。確かに小説や漫画でそういう描写を見た気がする。

そう思って、ちえりの方からちかおを祭りに誘ったら、すでに男子部員で行く約束をしたと言う。

あからさまにしょげるちえり。

ちかおはあわてて、

 

ちか わーった、わーった!いったん解散してから、落ち合おう。いいな?

 

とフォローした。

 

ちえ どこで待ち合わせる?

ちか そうだな、えっと、お祭りでどこも混んでるし、あんまり目立たない場所がいいかなっと。

ちえ 縣神社…はダメだよね?

ちか 祭りの中心だしな。そこがよかった?

ちえ 縣神社の御祭神様はコノハナサクヤヒメ。恋の成就にご利益(りやく)があるんだって…

ちか へ、へえー、そうなんだ。(口笛)

 

ときどき、ちえりはマジメになる。何かと茶化しがちのちかおだが、そういうときは真面目に応対しないといけない。そう経験則で知っていた。

(また泣かれちゃかなわんからな…)

 

ちか じ、じゃあ、縣神社はお祭りが終わったら、改めて行くってことで。

ちえ うん、それなら、いい…

 

どうも、ちえりの中ではふたりで縣神社に参るのは決定事項になってるようだった。

 

結局、ふたりは小さな公園で落ち合うことにした。

ちえりに付き添ってたクラスメイトが退散したあと、二人だけの公園でベンチに腰掛ける。

浴衣を着たちえりは、いつもよりもかわいらしく見えた。これが着物マジックってやつか。

どこからか風がそよいできて、ふたりのほおをなでる。

風がちえりの髪の毛を揺らし、ふだん隠しているつぶらな瞳をちかおは垣間見た。

 

 

(くう、やっぱ、かわいいじゃんっ!)

 

ちかおがちえりと付き合うことを決めた理由。それは髪を上げるとちえりはけっこうかわいい、ということだ。

髪を下ろしているときのちえりは目立たない女生徒にすぎない。しかし、髪を上げると美少女というのは、なかなか萌える設定ではないだろうか。

そのことをほかの男たちは知らない。

ちかおだけがめざとく気づいている。

そこにもなんだか優越感がある。

 

(ふふーん、ちえりはかわいいんだぞ!知らないだろ、お前ら!)

 

そう心の中で威張るちかおだった。

 

今、目の前にちえりがいる。

今、目の前にちかおがいる。

ふたりの顔は自然に接近していった。

 

ちえ ちかお、好きだよ…

ちか ちえり、俺だって…

 

ふたりのファーストキスは、さっき、ちかおが食べた、屋台の焼きそばの味がした。

 

おしまい