前の話

 

 

 


取り憑いていた疑心暗鬼が去ってしまい、ニニギくんは、毒が抜けたような顔になっていた。

サクヤヒメは幼子をさとすような柔和な顔になって、言った。

いいですか。心得ちがいをしてはなりませんよ。
あなたは、天孫だから、王になれるのではないのです。
王というのは、民を幸せにする責務があります。
とても重い責務です。
そのためには高潔な人格と高い志があらねばなりません。
そして、忘れてはならないのが、民を愛する心です。
恐怖心を植えつけて、民を支配する王もいると聞きますが、それでは民はついてきません。離反してしまうでしょう。
だから、あなた様には、愛深き王になって頂きたいと願っております。

そう言うと、サクヤヒメは、いろりにくべてあるまきをひとつ手にとった。
まきには火がくすぶっている。

おまえ、それはいったいなんの…

ニニギくんはサクヤヒメの行為が理解できなかった。
なぜ、いま、この場面で火のついたまきを手にとったのか、理解できなかった。
よもや、あれでぼくの尻をぶん殴るつもりじゃ…。

先ほどの平手打ちがこたえたのか、とても臆病になっているのだった。

今から、うけいをいたします。
わたしはこれより産屋に火を放ち、その中で出産いたします。
わたしと赤子が無事に出てくれば、その赤子は神に祝福された天孫であるあなたの子です。
もし、火にまかれて死ぬようであれば、神に守られなかったのですから、あなたの子ではなかったと思っていただいて構いません。
わたしは自分の無実を証明するために、かならず戻って参ります。
元気な赤子とともに…。

サクヤヒメの胎内では三人の赤子が外に生まれ出ようと準備をしているのが感じられた。

サクヤヒメ、一世一代の大芝居がこれから始まる。

続く

 

次の話