【海に沈んだカルテット】
豪華客船に乗り込み、お客さんの前で毎日演奏するカルテット。
お客さんには喜ばれるし、ギャラもよく、船旅も楽しめて、一石三鳥。
ところがある日、豪華客船は氷山に激突。
カルテットはパニックになったお客さんたちをなだめるために甲板で演奏を開始した。
救命ボートの順番待ちで心がザワザワしていたお客さんたちも、音楽を聴くと少し気が紛れた。
やがてカルテットは気づいた。
自分たちはもう救命ボートには乗れないことに。
カルテットは円陣を組み、
「こうなってしまったのも運命だ。運命にはあらがえないが、最後まで生き残る努力はしよう」
とバンマスが言い、みんな、うん、とうなずいた。
カルテットは演奏をやめ、めいめい避難しようとしたが、バンマスだけは残り、静かに演奏を始めた。
曲目は、xxの「アリア」。
バンマスは自分が死ぬときはこの曲を聴きながら死にたいとかねてから思っていた。
(まさか自分の死を自分の演奏で見送ることになろうとはな。)
バンマスはそう思ったが、演奏していると、心が無になり、せまりくる死の恐怖から解放されたように感じるのだった。
ふと気づくと、仲間の演奏家たちが戻ってきて、一緒に演奏していた。
(おまえたち…)
バンマスがメンバーの顔を見ると、みんなウインクしたり、会釈をしたりした。
(みんな、気持ちは同じ。演奏家として最後まで生きたいということか)
どれくらい演奏し続けただろうか。
彼らは冷たい海に飲み込まれていった。
・・・
ふと、気づくと、カルテットの四人は海の中で演奏し続けていた。
だが、不思議なことに苦しくない。
海の中でも息ができる。
(これはどうしたことか?)
バンマスはいぷかしんだが、まわりを見ると、光の玉がふらふら飛んでいたかと思うと、別の光の玉とぶつかり、空へ上がっていくのが見えた。
よく見ると、その光の玉は、人の姿をしていた。
豪華客船で見かけたお客さんの顔が浮かんでは消えた。
その瞬間に、バンマスは悟った。
私たちは死んだのだと。
死んでも生きている、存在しているのだと。
バンマスはメンバーに声をかけた。
「おまえたち、おれたちはどうやら死んで、死後の世界に来たようだ。おれは宗教は信じちゃいなかったが、死んだらそれで終わりではなかったようだ。
そしておれは今、気づいたよ。われわれはだれひとりの例外なく神様に愛されてるってな。だってそうだろう。こんな奇蹟を起こせるやつは神様をおいて他にはいないだろう。」
四人はお互いに肩を抱き合って泣いた。
「最後までよくがんばったな、おれたち」
「ああ、死の恐怖にくじけないでよかった」
「神よ、ありがとう、感謝します、アーメン」
最後まで生をまっとうした彼らのまわりには、たくさんの天使たちが集まって、彼らの演奏に合わせて喜びの歌を歌っているのだった。
死は確かにひとつの人生の終わり。
だが、魂は死なない。
魂とは永遠なるいのちのことなのだ。
おしまい
2022.1.15
