以下、かっこちゃんの名著『リト』の後書きからの引用です。

十二月は雪絵ちゃんの生まれて、そして亡くなった月です。

お会いしたことはないけれど、かっこちゃんやたくさんの方に愛と勇気を与えてくれた方です。

私も雪絵ちゃんの残されたメッセージに心を揺さぶられた一人です。


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病弱養護学校で、私は雪絵ちゃんに出会いました。   

 雪絵ちゃんは多発性硬化症(MS)という病気を発病していました。MSにもいろ

いろなタイプがあるようですが、雪絵ちゃんの場合は、再発する度に、目が見え

にくくなったり手や足が動きにくくなる症状がありました。けれど雪絵ちゃんは

いつも前向きで、いつも「私は私でよかった」ということを繰り返し伝えてくれま

した。

 「もし目が見えなくなったら、手や足が動かなくなったら、私は、目や手や足に

ありがとうと言うよ。私のために頑張ってくれたのに、なんでよーなんて言っては

あんまりだから。ありがとうって言うよ」

 「私は12月28日に生まれました。1分1秒間違いなくこの私になるために

生まれてきたよ」


 そんな雪絵ちゃんが亡くなるときに、私に言いました。

 「世界中の人に、一人ひとりが違ってそれが素晴らしいということ、みんなが

素敵で大切だということ。すべてがいつかのいい日のためにあることをかっこちゃ

ん(私のことです)が伝えて。約束して」

 それが雪絵ちゃんの遺言になりました。


 私は教員をしながらずっと作家もしていたので、雪絵ちゃんとの約束をいくつか

の本に書きました。それが思いがけず『1/4の奇跡』という映画になりました。

この映画は不思議なことに、日本だけでなく、世界中のあちこちで上映されたの

です。


 驚いたことに、その映画になんと私の憧れの村上和雄先生が出てくださいました。

 私が監督さんに、村上先生に映画に出ていただきたいとお願いしたわけでもなく、

村上先生を大好きで心から尊敬しているという話をしたわけでもないのに、私の思

いを少しも知らない監督さんが、偶然にも村上先生に出演をお願いし、村上先生と

の出会いが実現したのでした。

 村上先生は、どなたにも優しく、こんな私にまでお声をかけてくださり、色々

助けてくださいました。

 東北大震災の時など、大変なことが起きたときにも、お電話でサムシング・

グレートのお話をしてくださったのです。

 私は小さい頃から、運動がひどく苦手で、おっちょこちょいで失敗ばかりしてい

ました。よく「変わった子だね」と言われて、自分のことが好きになれずにいた

けれど、先生のお話を伺うと、それでいいのだ、大切な自分なのだと思えることが

とてもうれしかったのです。


 この頃、ADHDやHSPなど様々な障害がクローズアップされ、ニュースなどでも

流れているのをよく見聞きします。

 なかなか社会と馴染めず、自分が自分であることを受け止められず、つらく悲し

い気持ちでいる方がおられると思います。

 しかし、障害があるからこそ、ほかの人にない素晴らしい面があって、その素晴

らしい面が出会う人々の心を動かしていくのだと思います。

 地球上にいる一人ひとりがそれぞれの違いや個性を受け入れて、同じ地球に生ま

れたかけがえのない仲間を大切にし合えたらどんなに嬉しいことでしょう。

 それこそが「雪絵ちゃんの願い」でもあると思います。


 これを書いているまさに今、新型コロナウイルスが世界中に猛威を振るっていま

す。

 「新型コロナウイルスも、サムシング・グレートがくださった愛。人が変われる

チャンスだよ。人間はウイルスと一緒に進化してきたのだから。大丈夫」

 「かっこちゃん、僕の思いをみんなに伝えてね。僕を使って伝えてね」

 あこがれの大好きな村上和雄先生は私にそうおっしゃいました。私は電話口で、

背筋が伸びる思いで「わかりました」と先生に約束しました。

 私はそれから雪絵ちゃんとの約束、村上和雄先生との約束を果たしたくて、

夢中で『リト』の話を書きました。

 誰も経験したことのない新型コロナウイルスも、きっと人類は乗り越えられると

信じています。


 サムシング・グレートが私たちに教えてくれていることを忘れずに、明るく、

前向きに、そして感謝しながら生きていきたいと思います。

 私は雪絵ちゃんの「世界中の人に」という言葉をいつも思い出します。村上和雄

先生が書いてくださった通り、いろいろな国の言葉に訳されて、多くの方に読んで

いただけることを夢見ています。

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