(絵 益田あゆみ)

 

 

 

 

【少年と少女の物語(天上編)】

 

あるところに、とても仲のよい少年と少女がおりました。

二人は、いつも一緒に遊んでいました。

お花畑や森や清流が彼らの遊び場でした。

時には海に行き、イルカになって泳いだり、空を鳥のように飛ぶこともありました。

 

二人の住む世界は広く、自然がいっぱいで、平和な楽園でした。

 

そして、そこには、

あらゆる世界の出来事を映すことのできる、

聖なる泉がありました。

そこは、二人にとって、特別なところでした。

 

二人は毎日、この泉に来ては、

水面(みなも)に映し出されるものに見入っていました。

 

泉は、天上界のいろいろな世界だけでなく、地上界を映し出す鏡でもありました。

天上界は、美しいところばかりですが、地上界は、美しいところばかりではありません。

特に人間の住むところでは、人々が争う光景がよく映し出されました。

 

二人は、わからないことがあると、おじいさんに聞きにいきました。

おじいさんを、二人は先生と呼んでいました。

 

二人は先生に尋ねました。

 

「ねえ、どうして、地上の人たちは、天上界の人たちのように、平和に暮らせないの? なんだか、争ってばかりいるように見えるんだけど。」

 

先生は、二人にやさしく

 

「さあ、どうしてかな。

二人で調べてごらん。」

 

と言いました。

 

二人は相談して、地上界から最近、もどって来た魂に聞くことにしました。

 

先生にそう言うと、先生は、その人のところに連れて行ってくれました。

 

最初に尋ねた人は、若い兵士でした。

彼はこう言いました。

 

「とんでもないところだよ、地上は。

私は学生だったのに、徴兵されて、戦地に送られたんだ。

先輩にはいじめられるし、危険な仕事にはまっさきに駆り出されて、

『お前の代わりはいくらでもいるが、オレの代わりはいない』

とか言われてさ…。もう大変だったよ。

今はこうして早く帰ってこれて、ホッとしてるんだ。」

 

話を聞いたあとで、二人は意見を言い合いました。

 

「なんか、地上界って、相当大変なところみたいだね。」

 

「自己中心的な人の部下になると、大変よね。」

 

「なぜ、自己中心的になってしまったんだろうね。地上にいる人たちは、みんな天上界から、地上に生まれるんだよね。」

 

「うん、地獄に落ちた人は、反省して、心の汚れを浄化して、天上界に帰ってくるって聞いたわ。地上に生まれ変わるのは、それからだって。」

 

「だから、生まれるときは、みんな愛にあふれていて、自己中心的な人なんて、いないはずだよね。

だって、天上界には自己中心的な人はいないもの。」

 

「人を蹴落として、自分が助かろうなんて人は、みんな地獄で反省中だもんね。」

 

「だから、その自己中心的な隊長も、たとえ、戦争で生き残ったとしても、肉体を失って、地上界を去ってから、自己中心的な人たちが集まる世界に引き寄せられて、反省することになるはずだよね。」

 

「うん、確か、自分が人にした仕打ちをそのまま体験させられたりするんでしょ。そうやって、自分がいかに人を不幸にしてきたかを学ぶのよね。」

 

「ということは、地上に生まれてから、人生を送る過程で、なにか原因があって、自己中心的になってしまうんじゃないかな。」

 

「それって、生まれ育った環境が悪かったってことよね。でも、環境がよくても、何かのはずみに自己中心的な性格が自分の中から現れてきたのかもしれないわね。

天上界では、反省して、封印したはずなのに、地上に行くと、地上生活での何かがきっかけになって、封印がほどけてしまうことも、あるんじゃない?」

 

「前世での失敗を、今世でも繰り返すってこと?カルマの話でしょ。」

 

「そうそう。前世での失敗は繰り返しませんと誓って、地上に生まれるんだけど、地上で生活してると、前世で失敗した時と同じ失敗を繰り返してしまうことがよくあるんだって。」

 

「前世のカルマを刈り取るっていうんだよね、確か。」

 

「うん、そう。たぶん、そこが天上界より地上界が生きにくいところなんじゃない。地上の環境に、人の魂に内在する闇を引き出す何かがあるのよ、きっと。」

 

「じゃあ、それが何か調べてみよう。」

 

二人はまた、先生に報告しました。

 

「それなら、この人に会うといいじゃろう。」

 

先生が二番目に二人を連れて行ったのは、お金持ちだった人のところでした。

 

お金持ちだった人は、二人に言いました。

 

「まったくなんてこった。お金をこちらの世界に持ってくることができないなんて。

地上であくせく働いて、ためたせっかくのお金が死んだら、持ってこれないなんて。

こんな理不尽なことがあるだろうか。」

 

お金持ちだった人は、ブツブツ言うのでした。

 

「あちゃあ、あの人、もうすぐ地獄に行くんじゃないかな。」

 

「あんなにお金に執着していたら、この世界にはいられないわね。」

 

二人がそう心配していると、係の鬼が現れて、お金持ちだった人は、連行されていきました。

 

二人は、また話し合いました。

 

「人は、生まれた時は無一文で生まれるじゃない。その時は、もちろん、お金に執着なんかしないのに、大人になると、だんだん執着するようになるのかしらね」

 

「なぜ、お金に執着するんだろう。こっちの世界にはお金なんてないけど、すべてがうまくいってるのに。」

 

「地上では、お金と交換で物やサービスを受けられるようなシステムを作り上げていて、そこから、だんだん、お金さえあれば、なんでも手に入ると思うようになり、お金を持ったら、いつか失うかもしれないと、不安になり、もっともっと、とだんだんお金に執着するようになってしまうんじゃないかな。」

 

「ほんとは、お金なんかなくても、暮らしていくことができる社会だって、いくらでも作れるのにね。」

 

「そう、天上界と地上では、社会の仕組みが全然ちがうのね」

 

二人は、泉に行って、

水面にうつる地上界の様子をながめていました。

泉は、地上界で起こる、いいことも悪いことも、公平に映しました。

 

「地上にも、いいこともいっぱいあるんだね。」

 

「そうね、いいことと悪いことを比べたら、いいことの方が多いかもしれないわね。」

 

「地上界の歴史をたどると、だんだん、いいことの方が増えてるんだろうか?」

 

「そりゃ、昔の方が戦争をいつもしていたんだから、今の方がマシなんじゃないの?」

 

「でも、昔は戦争の被害は地域が限定されていたけど、今は核兵器とかがあって、地球を何度も破壊できるくらいの危険の上に、地上の人は、生活しているよ。」

 

「核兵器は、日本で二度、使われてるわね。そこでは、地獄のような世界が現れてしまった。

そのあまりの悲惨さで、人類は核兵器を使うことを自制するようになったのかもしれないね。」

 

「だけど、あんなにたくさん持ってるなんて、理解に苦しむわね。」

 

「地上には、武器を売って、儲けてる悪いヤツがいるみたいだよ。」

 

「まあ、最低ね。死んだら、地獄に行くわね、きっと。」

 

「武器を作っても、売れなければ、武器を作らなくなるし、買う方にも問題があるんだよ。」

 

「武器を買わずに済ませるには、どうすればいいのかしらね」

 

「国と国との争いを戦争という手段で解決することを非合法化すればいいんじゃないかな。ほら、日本でやってるじゃない。日本は平和憲法があるから、戦地に行っても、戦争行為はできないんだ。」

 

「じゃあ、すべての国の法律が平和憲法みたいになればいいのね。」

 

「でも、それだけじゃ、まだ足りないよ。日本は平和憲法があるけど、軍隊を持っていて、防衛力を強化するために、武器を買い続けているでしょう。」

 

「他国から侵略を受けるのを恐れて、そうしてるのよね。」

 

「他の国を侵略するなんて、許しちゃいけないんだよ。」

 

二人が話し合っていると、天から神の声が聞こえてきました。

 

『そのように思うのなら、あなたがたがそれを伝えに行きなさい。』

 

二人は神に答えました。

 

「わかったよ、神様。僕たち、行くよ。」

 

「そうと決まれば、どんな人生を生きるのか、計画を作らなくちゃ」

 

「ねえ、僕たち、夫婦になろうよ。そうすれば、子供にも、僕たちの仕事を引き継げるだろう

 

「そうね、素敵な考えね。じゃあ、子供になってくれる人を探しておかなくちゃ。」

 

「うん、じゃあ、先生に相談してみようよ。」

 

二人はなかよく話し合いながら、人生計画を練り上げるのでした。

 

二人の地上での生活に、幸多からんことを!

 

どっとはらい。

 

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