第一話





(宇宙人)  その楽器、吹いてみてくれないか?


そう、宇宙人に言われた少女は、言われるままに笛を構え、吹き始めた。


宇宙人は黙って少女の演奏を聴いていた。


短い曲を吹き終わると、宇宙人はニヤリとほくそ笑んだ。


(少女)  なに、その笑い方❗️  感じ悪(わる)っ❗️


そうとっさに思った少女の思考を見透かしたように、


(宇宙人)  うーむ、まことに興味深い調べだね。


と、のたまう宇宙人。


(少女)  どーせ、へたっぴいですよーだ❗️


そう言って、あっかんべーすると、


(宇宙人)  へた? だれが?


と、とぼける宇宙人。


(少女)  わたし以外にいないでしょ❗️


そう言うと、


(宇宙人)  わたしは純粋に音を聴いてるだけだがね。

 うまいとか、へたというのは、君たちの価値判断のようだが、わたしにはわからないな。


と、うそぶくのだった。


(少女)  宇宙人の感性って、地球人と違うんだわ。


少女はそれに気づき、少しホッとした。


つづく


2024.3.29








夕闇がせまる公園のベンチに少女がひとり、腰掛けていた。


少女は高校生で、セーラー服を着ていた。


なにか悩みがある様子で、しきりにため息をついていた。


ふと、となりが気になり、振り向くと、

バチッ!

と目が合った。

人間とはちがう形状の生き物が、となりに座っている。

(少女)  な、ななななな、ないないないないっ!



少女はなかったことにしようと顔を伏せて、手で顔をおおった。

(少女)  まぼろし、まぼろし、まぼろし…。



呪文のように自分に言い聞かせると、



(少女)  よしっ!



と顔を上げて、横を向く。

相変わらずそこに異形(いぎょう)のものはいた。



少女はまた顔を伏せて、

(少女)  えええええーっ、なんでなんでなんで???



と自問自答した。

(少女)  わたし、なにか悪いものでもたべたのかしら。こんな幻覚を見るなんて。



なんだか自分の人生が終わったような気がした。

さきほどまで少女の頭を悩ませていたものは、どこかにすっ飛んでいった。

今はただ、静寂があたりを支配していた。

先ほどまで公園で遊んでいた子どもたちの声も聞こえない。

なんだか、異次元空間に押し込められたような気分。

少女は、はっとした。

そうか、異次元空間。


それなら、異形のものがいるのにも合点がいく。


なにしろ、異次元なのだから、この世の常識に縛られなくてよい。


その考えは少女の気持ちを少し楽にした。

なぜ自分がそんな空間に迷い込んだのか、そこまで考えが及ばなかった。

そっと顔を上げると、異形は少女の方を見ていた。なにをするでもなく。

少女は、かあっと全身が赤くなって、心臓が早鐘を打つのを感じた。

異形ではあるのだが、どことなく知性をかもしだす、その風貌。

もしかして、これが宇宙人というやつ?

宇宙人ならば、知的生命体であり、地球人よりも優れた存在なのかもしれない。

それが公園のベンチに座っているのは、なぜだろう?

宇宙人といっても、疲れたときは公園のベンチに座るのか?

そんな素朴な疑問が頭に浮かんだ。

すると、脳裏にある言葉が浮かんだ。

(宇宙人)  グッドイブニングだね、お嬢さん。


(少女)  えーっ、英語使ってる⁉️


お嬢さんと呼ばれて、一瞬、誰のことかわからなかったが、ここには自分しかいないので、自分のことだろう。



(少女)  しゃ、しゃべれるの?



あわあわしながら、そう思考すると、すぐに返事が頭の中に浮かんだ。

(宇宙人)  もちろん。いま、君の言語中枢を使って対話している。

 だから、君の知っている言葉しか使えないが、コミュニケーションにはそれでじゅうぶんだろう。



(少女)  なるほど。それなら納得。


 …いやいや、納得じゃなくって!



宇宙人とのテレパシィーになれないのか、少女はものすごく動揺していた。



しゃべらなくてもコミュニケーションできるのは、楽でいいのだが、なんだか自分の考えを見透かされてるようで、こわい。

少女の頭には、他人には知られたくない秘密がたくさんあるのだ。

(少女)  でもまあ、人じゃない、か…。



そう思い、おずおずと宇宙人の方に視線をうつす。
身の丈二メートル以上はあろうかというのっぽな体型。
頭頂付近にふたつの飛び出た目らしきものが見える。
自分の顔の高さのあたりにも顔のようなものが見える。

(少女)  もしかして、なにかの着ぐるみだったりして。

なあんだ、そっか。

きっとテレビか何かのロケで公園に来てて、今、休憩中なんだ。


そうやって、自分の気持ちの整理をつけようとした。
すると、

(宇宙人)  現実逃避はやめたまえ。


と来た。

(少女)  ああ〜、やっぱりぃ〜!



がっかりする少女。

せっかく、そそくさと立ち上がって、おうちに帰ろうと思ったのに。


相手が宇宙人では、簡単には解放してくれそうもない。

(宇宙人)  ご明察。


と宇宙人。
いちいち、先回りして、通信してくる。
でも、こちらに危害を加えるつもりはなさそうだ。あれば、とっくにやってるだろう。

少女は、少し落ち着くと、


(少女)  宇宙人としっかり対話しなくちゃ!


と身構えた。


(宇宙人)  そんなに警戒しなくていい。わたしはあなたと少しの時間、話をしたいだけなんだ。

 日が暮れるまでのわずかな時間を私にくれないか。



(少女)  え、まあ、それぐらいなら、いいけど。


そう言葉が口をついて、出た。


宇宙人は表情を変えなかったが、なんとなく笑っているように見えた。

つづく


第二話


2024.3.30



【海に沈んだカルテット】




 

豪華客船に乗り込み、お客さんの前で毎日演奏するカルテット。

お客さんには喜ばれるし、ギャラもよく、船旅も楽しめて、一石三鳥。

ところがある日、豪華客船は氷山に激突。

カルテットはパニックになったお客さんたちをなだめるために甲板で演奏を開始した。

救命ボートの順番待ちで心がザワザワしていたお客さんたちも、音楽を聴くと少し気が紛れた。

やがてカルテットは気づいた。

自分たちはもう救命ボートには乗れないことに。

カルテットは円陣を組み、

「こうなってしまったのも運命だ。運命にはあらがえないが、最後まで生き残る努力はしよう」

とバンマスが言い、みんな、うん、とうなずいた。

カルテットは演奏をやめ、めいめい避難しようとしたが、バンマスだけは残り、静かに演奏を始めた。

曲目は、xxの「アリア」。

バンマスは自分が死ぬときはこの曲を聴きながら死にたいとかねてから思っていた。

(まさか自分の死を自分の演奏で見送ることになろうとはな。)

バンマスはそう思ったが、演奏していると、心が無になり、せまりくる死の恐怖から解放されたように感じるのだった。

ふと気づくと、仲間の演奏家たちが戻ってきて、一緒に演奏していた。

(おまえたち…)

バンマスがメンバーの顔を見ると、みんなウインクしたり、会釈をしたりした。

(みんな、気持ちは同じ。演奏家として最後まで生きたいということか)

どれくらい演奏し続けただろうか。

彼らは冷たい海に飲み込まれていった。

 

・・・

 

ふと、気づくと、カルテットの四人は海の中で演奏し続けていた。

だが、不思議なことに苦しくない。

海の中でも息ができる。

(これはどうしたことか?)

バンマスはいぷかしんだが、まわりを見ると、光の玉がふらふら飛んでいたかと思うと、別の光の玉とぶつかり、空へ上がっていくのが見えた。

よく見ると、その光の玉は、人の姿をしていた。

豪華客船で見かけたお客さんの顔が浮かんでは消えた。

その瞬間に、バンマスは悟った。

私たちは死んだのだと。

死んでも生きている、存在しているのだと。

バンマスはメンバーに声をかけた。

「おまえたち、おれたちはどうやら死んで、死後の世界に来たようだ。おれは宗教は信じちゃいなかったが、死んだらそれで終わりではなかったようだ。

そしておれは今、気づいたよ。われわれはだれひとりの例外なく神様に愛されてるってな。だってそうだろう。こんな奇蹟を起こせるやつは神様をおいて他にはいないだろう。」

四人はお互いに肩を抱き合って泣いた。

「最後までよくがんばったな、おれたち」

「ああ、死の恐怖にくじけないでよかった」

「神よ、ありがとう、感謝します、アーメン」

 

最後まで生をまっとうした彼らのまわりには、たくさんの天使たちが集まって、彼らの演奏に合わせて喜びの歌を歌っているのだった。

 

死は確かにひとつの人生の終わり。

だが、魂は死なない。

魂とは永遠なるいのちのことなのだ。

 

おしまい


2022.1.15