幕末の福井藩士橋本左内の生誕の地にいってきました
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橋本左内は天保5(1834)年3月11日、
藩医橋本長綱の長男として福井に生まれました。

幼少から学問を好み、16歳で緒方洪庵の適塾(てきじゅく)に学び、
20歳にして福井藩の藩校の責任者を務めました。
その後、藩主の側近として藩政や教育改革に当たっただけではなく、国の政治にまでかかわりました。
 

15歳の時に書き上げたのが『啓発録』です。
簡単にまとめると。。

【1】「稚心(ちしん)を去れ」

稚心とは、子供じみた心のこと。

誰かに甘えたい心が残っていれば何をやっても上達しない。遊びにばかり熱中し、楽なことばかりして、勉強や稽古事をおろそかにし、いつまでも父や母に甘えていてはならない。


【2】「気を振(ふる)う」
気とは、人に負けまいと思う心。

努力をしないで負けるということは恥ずかしいこと。自分に打ち勝つ根性を養おう。  


【3】「志を立つ」
自分を育てるのは自分である。志を持って地道に努力することが大切である。

【4】「学に勉む」
ただ本を読んで字を書くのではなく、自分の知識を豊かにして心を鍛錬し、目的を達成するまでがんばり、人間として成長することができる。

【5】「交友を択(えら)ぶ」
友人には益友と損友がいる。
益友(えきゆう)には自分から積極的に交わり、大切にすべきである。損友(そんゆう)は、自分の力でその人の良くない面を正しい方向へ導いてやらねばならない。
友人は選ぶべきだ。

と、いうような内容だそうです。
15歳の時に書いたというのですから、本当にビックリです!
私が15歳の時って、何にも考えず遊んでばかりいました😅
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福井県では、立志式(元服にちなんで(数え年の)15歳を祝う行事。)に将来の決意や目標などを発表し、大人になる自覚を深めるそうです

『啓発録』も勉強しているそうですよ。



松平春嶽の側近に加えられ、幕政問題などにも活躍しましたが、安政の大獄で捕らえられ、安政6年(1859)江戸の獄内にて26歳の短い生涯を終えました。

今は、啓発録の碑、産湯の井戸が残っています。
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