前回、子供とのお片付けへの思い① の続きになります。
2.私がいなくなっても大丈夫なようにしてあげたい
についてです。
ちょっと重たい話になりそうなので、嫌な方はスルーして下さいね。
こんなに毎日平和に暮らしていたって誰がいつどこでどんな目に合うかは分かりません。
だからこそ、自分一人で何でもできる自立心を育ててあげたいと思っています。
ちょっとマイナス思考ですか?
これは私は23歳、弟が19歳の時に突然母を亡くした経験があるからだと思っています。
人の命はちっぽけで前日まで普通に生きていた人が翌日にはもう遠いところにいってしまうことがあるってことを身を以て実感したから。
私が物に執着しないところの元になる考えもこの出来事からきています。
その人が使ってるからこそ物も命があるようにイキイキしているけど、その物の持ち主がいなくなると
その物自体も時が止まってしまったように見えるしその空間は時が止まってるような感覚になります。
そんな持ち主のいなくなったモノたちに囲まれて暮らしているのはとても辛い事でした。
いっそ全て捨ててしまって、引っ越しでもすれば少しは気持ちも楽になるのかなとも考えました。
母が亡くなって悲しみに明け暮れる毎日だけどお腹は空くし、洗濯物も出る、家の中も汚れてきます。
最初は親戚や祖母が手伝いに来てくれていたけどそのうち自分たちでやらないといけなくなりました。
悲しいからって暮らしは待ってくれないし、前を向いていかなくてはいけないのです。
そんなこともありまして、私は子供たちには親に何かあっても困らないようにしてあげたいと思ってるんです。
そんな自立心、もしくは自分軸が「お片付け」することによって身に付きます。
とっても不思議ですよね。
これは私自身が「片付け」を通じて自立心を持つことが出来たから言える事なんですね。
母が亡くなっても、結婚して遠くに嫁いでも私の中に自立心というものは全然育っておらず、何かあったら人のせいに思っていたし、環境のせいだと思っていた。
そんな甘い考えの私なので苦労の連続だったような気がします。
だけど「片付け」をやりきった私には自分の軸が出来上がっていたのです。
「片付け」と向き合いだすと全てが自分の選択で全てが自分の責任なんですね。
そんなことを繰り返すことによって「私はどうしたいのか」という部分とも向き合ってきたんですね。
だから今の私は怖いモノなし。
大抵のことは何とかなるし、何とかならなくてもどうってことない。
そんな骨太な(図太い?)自分に変われたこと。
これは私にとって財産ですし、自分の子供たちにも教えたいと思ってること。
こんな長い道のりを、ワークショップで全てお伝えするのは無理ですが、一部分でも取り入れて欲しくてそんな思いで今回取り組んでいます。
こんな大げさに書いてしまったけど私と子供とのお片付けは、楽しくもあり、コミュニケーションも取れるいい時間なんですね。
物の持ち方の変遷で子供の成長も感じれるし親子で取り組むお片付けって実はいいことばっかりなんですよ。
2月6日の親子お片付けWSは残席1
2月27日の親子お片付けWSは残席3となっております。
気になる方は是非気軽にご参加ください⇒親子お片付けWS