私生活の中で出会った小さな住人たちの話を書いておこうと思う。
「ゴキブリ」(1)~遭遇編~
鳥類ならカラス、哺乳類なら鼠、昆虫類においては、このゴキブリが最も嫌われている生物といっていいかもしれない。それらは私たちヒトの最も近くにいて、ほとんど同じものを食す。
私が彼らに初めて会ったのは、学生時代、四国に引っ越したころであった。「内地にはゴキブリという、世にも恐ろしい生き物が夜となく昼となく屋内をうろうろし、しかもそいつは叩いても踏んづけても死なない」という噂はすでに耳に入っていた。
実際彼らを観察してみると、上記の定説は「必ずしも正しくない」ということがわかった。
まず、彼らは夜行性である。いや、むしろこう言った方が正しいか。「彼らは暗いところを好む。」だから、あんな茶とも黒ともいえないような色をしているのだ。だいたい昼間に、あんな成りでノコノコでていったら即座に点滴の餌食になってしまう。
ちなみに、私の祖父母の家には犬がいたが、犬のゴキブリに対する扱いは、なかなかにひどい。犬はゴキブリを見つけると、前足でピシピシと彼らが死なない程度に攻撃する。そしてその命が尽きるまで弄ぶのだ。
朝、飼い犬の傍らにゴキブリがひっくり返っていたら、むしろそのゴキブリの方を哀れむべきなのだ。
とにかく彼らが最も得意とするのは夜の活動である。彼らは夜な夜な台所に現れ、我々の食い残しを漁るのだ。祖父母宅の台所には、台所の神様が祭られていて、そこにはいつも生米が備えてあるが、夜中に台所に行くとその生米に、必ずと言っていいほど数匹、群がっている。
それが備えモノかどうかは、彼らには関係ない。それは神様のための生米なのか、ゴキブリのための生米なのか。むしろゴキブリさまこそ、まさに台所の神様なのかもしれない。
もっとも夜中に冷蔵庫を開けて、「何か食べるものかないか・・・。」などとさまよっている姿は、天におわしますなにがしかに言わせれば、彼らゴキブリとそれほど違わないのだろう。
台所で飽き足らぬやつは、その他の部屋に現われる。私が一人暮らしをしていたころは、ふてぶてしくも人様が寝ている上をクルクルと飛び回ったりするのだ。
心とは面白いもので、部屋に一匹ゴキブリがいると思うと、もうそいつをどうにかしなければ、眠れないのである。たぶん彼らは、我々が寝ている間も我が物顔で、寝床の横をカッポしているのだ。しかし、それでも我々の目に入らなければ、そのまま寝ていられる。その時、偶然目が覚めてそいつを目にしたが最後・・・である。
問題は、「そいつがそこに居るかどうかではなくて、私の目に入るかどうか」なのである。
そして、その姿を認識すると同時に、一人と一匹の暑い戦いが始まるのだ・・・。
{「ゴキブリ」(2)~激闘編~につづく}