埼玉県熊谷の妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)は日本三大聖天の一つで、あとの二つは、東京都台東区の待乳山聖天と奈良県生駒市の生駒聖天である。
妻沼聖天山は国宝の本殿(歓喜院聖天堂)を有する。本殿は奥殿、相の間、拝殿からなる廟型式権現造りで、壁面すべてが彫刻で装飾されている。江戸中期の貴重な文化遺構で、享保20年(1735)から安永8年(1779)にかけて建立され、平成15年(2003)から平成23年(2011)にかけて保存修理工事が施され、平成24年(2012)に国宝に指定されている。
聖天様というのは、人間臭い神様である。大根が好物だし、松が嫌いとも言う。大根は食物の毒を中和して体を健康に保ってくれるように、聖天様も人間の欲望や煩悩などの毒を浄化して心を健康に保ってくれる。松は「待つ」につながり、聖天様は待つことが嫌いで、願い事を待たせず即行で叶えてくれる。ところが、聖天様は、人間に意地悪をすることがよくある。ある人が、ある目的を達成しようとすると、いろいろと邪魔し、じらして、その人があきらめかけた時に、あっと驚くような結果をもたらしてくれるのである。
私は墨西の地・浅草に住んでいるから、待乳山聖天には毎日のように出かけている。一昨日、初めて熊谷の妻沼聖天山を訪問したのだが、そこに行きつくのにかなり難航した。
出発予定時刻に同伴者は遅れて来るし、飛び乗った列車は熊谷行きでなかったし、大宮で乗り換えて別の列車に乗ったものの、スマホのgoogle mapsで熊谷駅の手前の吹上駅でバスに乗る道を奨励していたので、吹上駅で降りてバス停を探したが、妻沼聖天山行きのバ停はなかった。それで、仕方なく、JRに再乗車して熊谷駅まで行き、駅前のバス停にちょうど来たバスに乗ったら、妻沼聖天前で停まるというので、やっと、受付終了時刻(16時)の30分前に到着できたのである。そのせいか、幸い、参拝者は少なく、ゆっくり拝観でき、しかも、ボランティアの解説も聞けたのだから、終わり良ければすべて良しで、なんともはや、人騒がせな聖天様である。
この聖天様は、一度へそを曲げるととんでもないことを人間世界にしでかす。最近、私の周りで起きているさまざまな事件は、どうも聖天様が絡んでいるようだ。
M寺は、浅草のS寺の支院であるが、最近、そのご利益が話題となり、参拝者が急増している。そんな参拝者の中の一人に猫のぬいぐるみを持つ女の子がいた。M寺で大根やお花を大量に買ってお供えすると同時に、お下がりの大根やお花をも大量に持って帰るということで、近所から参拝に来られる常連のおばさん達から不評を買っていた。が、つい先日、その女の子が、M寺のお下がり大根をS寺にお供えしている、との苦情があった。さっそく、M寺のW氏が、そのことを、その娘に糾弾したところ、その日以来、その子はM寺に来なくなった。
ところが、その娘を糾弾したW氏が、糾弾した数日後、雨でぬれた階段で足を滑らし、背中から落ちて、背中側の肋骨3本が折れてしまった。全治1カ月以上の大けがである。ところが、この大けがの原因がどうも聖天様のお怒りにあるようなのだ。聖天様のお怒りは、件の娘の逆恨みかも知れないのだが、別の信徒の女性の怨みも関係しているようである。
この女性信徒は、毎日のようにM寺を訪れ、熱心にお祈りを捧げられている40代の女性である。自然、W氏とも顔見知りとなり、W氏に親しみを感じておられたようなのだが、数日前、二人の良好な関係にひびが入った。どういった事情があったのか不明だが、この女性信徒はW氏に対して非常に怒っておられる。そして、本人自ら、ひょっとしたら、W氏が肋骨を骨折されたのは私のせいかも、と仰っているのである。
彼女は、浅草に来る前は北海道の牧場で、引退した競走馬の暮らす牧場で、その馬たちの世話をする仕事をされていて、その仕事柄、それらの馬に乗って乗馬を楽しむことが多かったそうだ。ところが、ある日、近くの競馬場で乗馬の練習をしていた時、前の馬が後肢を跳ねたため、彼女の馬が驚いて前肢を空中に上げ、彼女は馬から突き飛ばされ、地上に落下し、肋骨の背中側を圧迫骨折されたという。それがために北海道を去ることになり、浅草に来られたそうで、今もその肋骨の痛みに時々悩まされているという。
W氏の骨折箇所が彼女の骨折箇所とまったく同じというこの偶然は、聖天様を信仰している彼女の恨みを反映しているのかもしれない。彼女自身、「私のせいかも、でも早く良くなって欲しいわ」と仰っている。しかし、聖天様は最後には素晴らしい結末を用意して下さるのであるから、猫のぬいぐるみを持つ女の子も女性信徒もW氏も、きっと良い結末が待っているはずである。