Q堂カルテNo.8

88歳女性。お琴の先生で、今も数人の弟子が自宅に習いに来ている。年に数回、琴と尺八の演奏会も開く。90歳までは続けたいとおっしゃる。元気な先生であるが、体は満身創痍である。脊柱管狭窄症、両側の変形性膝関節症、左肩腱板炎、右肩帯状疱疹後神経痛と、腰と両膝、両肩が悲鳴を上げている。そして、胸部にはペースメーカーが装着されており、高血圧に糖尿病に喘息も患っておられる。さらに、数年前に緑内障の手術をし、今年(2020年)の秋には白内障の手術が控えているという。それに加え、若いころからずっと、海藻類や香辛料の食物アレルギーでもあったのだ。味付けは塩のみ。今までに、何気なく食べた料理で何度も病院に担ぎ込まれたそうだ。

 

この女性の一番の苦痛は脊柱管狭窄症による腰部の痛みである。数年前、名鉄の踏切内で、痛みに耐えきれずにかがみこんでしまい、電車を止めてしまった経験の持ち主でもある。施術は本人希望でマッサージのみ。仰臥位、側臥位、座位と丁寧に指圧を施すと、「ああ、楽になりました」と、明るくつぶやいて下さる。奇特な患者さんである。

 

2020年8月31日

この女性、幼いころから病気がちであったため、体育などはほとんど見学で、遠足は小学校1年生の時の1回のみだという。ところが、結婚すると、夫が海外出張が多かったため、何度も海外旅行を楽しんだ。そして、海外出張の多い会社同僚夫婦10組で日本の神社仏閣を巡る旅を企画し、毎年2月から11月の10回、退社後10年目まで30年間、24人乗りの小型バスで旅してまわったそうだ。御朱印帳をもっての旅で、知多四国は三度、西国33観音、そして四国88か所で満願、企画は終了したそうだ。この間、日本のほとんどの有名どころは巡られたという。また、50歳ころから、友人と二人、先達に率いられ、毎年京都の伏見の山巡りをされていて、昨年、友人がもう歩けなくなったため中止になったそうだ。

 

2021年1月18日

きょうは、遠い外国に住む次男の話。61歳独身である。30年以上、当地で通訳の仕事をしている。このコロナ禍のため仕事ゼロで、貯蓄を食いつぶして生活しており、お金がなくなったら日本に帰る、とのことだが、お金が尽きるまでは3、4年あるらしく、母上は息子が日本に帰ることはないだろうとあきらめておられる。私が、「突然青い目の嫁さんと子どもを連れて帰国されるかもしれませんよ」と言うと、どうもそれはないようだとの返事。当地では、近所の人が親切で、人はおろか、犬でさえも死んでしまうと厚く葬ってくれるそうだから、独りで安心だと、息子は語っているのだそうだ。

 

5月17日

彼女の弟子のお友だちが市営住宅の8階屋上から身投げして死んだ。3日前が葬式。死んだ人は75歳くらいの女性。もともと病弱で、このコロナのため周りとのコミュニケーションがなくなり、精神的に不安定になっておられたという。いわゆるコロナ鬱である。それにしても、屋上まで行き、柵を乗り越えて身を投げる、という元気だけはあったのである。

 

7月5日

この女性、ワクチン接種の1回目を6月9日に受け、一時危篤状態となった。6月29日に2回目を受け、本日、久しぶりのデイサービス利用となった。ペースメーカーを装着し、食物アレルギー体質であるため、ワクチンはかかりつけの医者の所で受けた。1回目は、ワクチン接種後、SOP2が80台まで下がり、18分でアナフラキシーショックとなり、喘息様発作が起き、咽喉が腫れ、嗄声となった。生命の危険があったため、遠くの息子さんたちに連絡がいった。SOP2が97に戻ったのが5時間後で、そのときにはもう二家族とも到着していたそうだ。ふつうは、こんな危険な目にあって、副反応がより激しい2回目接種を受けようなどとは思わないだろう。が、彼女は肝が据わっているのか、2回目接種を受けたのである。2回目は、最初から二家族が付き添った中での接種で、接種後14分で前回同様のアナフラキシーショックが起きた。SOP2は一時94まで下がり、2時間半後に97に戻った。「万事をつくして天命を待つ、ですね」と私が言うと、「いいえ、私は天命を待つなんて心境にはなれません。いつも、あれやこれや心配ばかりしております」と謙虚な答えが返ってきた。

 

実は、この患者、篠田正浩監督と同じ高校の同級生の奥さんなのである。夫はその高校で級長だった関係から、同窓会の幹事を毎年やっている。篠田監督も参加するのだが、はやり、話題は監督の妻である岩下志麻の話になるという。普段の岩下志麻はどうしているのか、同級生みんなが知りたがる。監督は、こう答えたそうだ。

 

「普段はジーパンはいた普通のおばちゃんだよ。でも、撮影が始まる2週間前ぐらいからエステに通ったりして、クランクインのときには女優・岩下志麻が出来上がっているんだ。化け物のだね」