
僕らは、夕方の五時過ぎに松江駅に着いた。目的の旅館はすぐに分かった。玄関はがら~んとしていた。大きな声を出して、「ごめんくださあい」と言った。なんの返事もない。もう一度、「ごめんくださあい、誰かいらっしゃいませんかあ」と言った。やはり、し~んとしたままだ。ただ、奥の方で、何やら、人々の動く気配はしているので、しばらく待った。すると、奥の方から、おじさんがこちらに歩いてきた。僕が、「きょう泊まれますか」と聞くと、僕と彼女を見て、答えた。
「きょうは、あいにく部屋が空いていない。それに、今からじゃ、食事の準備も出来ない」
「食事はいいんです。泊めてもらうだけでけっこうです」
「仲居の部屋なら空いているが、それでもいいかい」
「はい、泊まれるならどこだっていいです。ねえ、ユキさん」
「もちろん」
「そうかい、じゃ、お上がりください」
僕らは、そのおじさんについて行った。すぐ前の階段を上って、左の方に行った一番奥の部屋だった。窓からは隣の家の壁しか見えなかったが、部屋の中は、八畳と縁側がある普通の旅館の部屋と遜色なくてほっとした。荷物を置くと、僕らは、外に食事に出た。幸い、近くに日本料理を出す店があって、おいしい魚料理を食べることができた。帰りに、僕らは酒屋に寄り、日本酒とつまみを買って旅館に戻った。
部屋に入ると、二つの蒲団がくっつけて敷いてあった。どきん。僕らは恋人か夫婦に見られたんだ。ユキさんが言った
「蒲団くっついてるじゃない」
「気の回し過ぎだね。離しとくね」
と、言って、僕が蒲団を動かそうとすると、ユキさんが言った。
「そんなの、後でいいわ。さっき買ったお酒で乾杯しましょうよ」
「それもそうだね。よし、飲もう。だけど、その前にお風呂に入ったがよくない? ユキさん先に入っておいでよ」
「私、後でいいわ。ヒロシさん、お先にどうぞ」
そこで、僕が先に風呂に行った。風呂の湯船で、僕はあらぬことを想像した。ひょっとしたら、きょうが童貞とお別れの夜になるかもしれない。しかし、ユキさんが怒ったらどうしよう、気まずくなるなあ。いや、ここでひるんだら、熊本男子の名折れだ。お袋も言っていたじゃないか、「なるようになるしかならん、それが娑婆たい」って。
部屋に帰ると、ユキさんは浴衣に着替え、つまみとお酒をテーブルに並べてちょこんと座って待っていてくれた。
「かんぱ~い!」
「かんぱ~い! 二人の出会いにかんぱ~い!」
それから、どうなったかは、みなさんの想像にまかせる。ただ、僕は、その夜、童貞におさらばすることはできなかった。世の中、そんなに甘くないのだ。
翌朝は大変だった。僕は前夜の酒の酔いで、ばた~んきゅう。起き上がることも、寝たままも、どちらも耐えられない。少しでも動くと戻しそうになる。横で見ているユキさんは涼しい顔だ。男子一生の不覚。それまでは、ビール一杯ぐらい平気で飲めていたから、油断していた。なにせ、まだ十八歳だ。未成年である。飲酒したことがばれれば逮捕されるかもしれない年齢なのだ。酒屋で買った一升瓶を二人であけてしまった。といっても、大半はユキさんの胃袋に入ったというのに。男子一生の不覚である。僕は、旅館から出た朝食もきこしめすことできず、気分が悪く、車など到底乗れそうもないから、歩いて松江駅まで行って、列車に乗った。窓際の席に座り、窓の出っ張りに顔を伏せて、必死に嘔気を我慢した。楽しみにしていた、大山の雄姿も見ずじまいだった。
だが、若いというのは素晴らしい。鳥取駅に着いたころには、少し気分がよくなっており、バスにも乗れた。鳥取砂丘に着いたときには、今までの不快感はどこへ消えたのか、と思うくらい立ち直っていた。二人の前に砂丘の丘が現れた。少し急斜面で、ユキさんは登るのを躊躇した。僕が「大丈夫だ」と言って、登り始めると、ユキさんもついて来た。ところが、斜面の途中まで登ったところで、僕は足がすくんでしまった。後ろから登って来るユキさんを見ると、垂直の崖を登って来ているようでめまいがした。僕は、「やっぱ、危ないから降りようか」と、ユキさんに声をかけた。が、ユキさんは、怪訝な顔をして、僕の横を通り過ぎ、さっさと丘の頂上まで登ってしまった。男子一生の不覚。僕も、決死の覚悟で後に続いたのだが、本当に情けなかった。前夜といい、今回といい、僕の評価はがた落ちだろう。
城崎には夕方着いた。駅の中の観光案内所で、お勧めの旅館を聞いた。案内の人によると、共同浴場がいくつかあって、旅行客はみなさん共同浴場をはしごされるから、どの旅館でもいいのじゃないですか、志賀直哉先生が良く利用された三木屋というのが有名ですが、少し高いですよ、と言われる。僕らは、学生らしく、リーゾナブルな旅館にした。