
彼女は、少しだけ、ちょっとなれなれしく話しかけて来た。
「変なおじさんだったね。息子さんのアフリカの住所を教えてくれたわ」
「え~。その紙、息子さんの住所だったの」
「手紙あげたら、息子が喜ぶだろうな、だって」
「おじさん、君のことを気に入ったんだね」
「それは嬉しいけど、なんで見ず知らずの人に手紙出さなきゃいけないの?」
「手紙出してみたら? 変なおじさんの子だから、変な返事が返ってくるかも」
「変な返事って?」
「う~ん。変なやつだ」
「あなたって、ひとごとだと思って、いい加減なのね」
「ごめん。僕、女の子と話したことないから、うまくしゃべれないんだ」
「まあ。クラスに女の子いたでしょうに」
「それが、いなかったんだよ。男ばっかしの学校だったから」
「あなたって男子校だったの」
「うちの家は小さな商売をやってて、そんなに金持ちじゃないんだけど、親たちが無理してクリスチャンの学校に入れちゃったんだ。中学、高校、六年間、男ばっかし。あんまり有名な学校じゃないけど、三分の一はお医者さんの子どもなんだ」
「そう、お坊ちゃん学校なのね」
それで、彼女も自己紹介してくれた。豊北という小さな町に住んでいて、お父さんは小学校の先生。自分は妹と二人姉妹で、今、大阪の医療短大で勉強していて、将来は学校の保健婦さんになるつもり。今は、大坂の叔母さんっちから短大に通っている。春休みに田舎に帰ってたけど、四月からアルバイトがあるから、早めに大坂に戻るのだという。
「ところで、あなたのお名前おしえてもらえる?」
「もちろん、****ヒロシ。君は?」
「****ユキコ。ところで、ヒロシさんは、きょうどこまで行くの?」
「目的地は京都なんだけど、きょうは松江まで行こうかと思っている」
「宿は決めているの?」
「一応。奨学生手帳に載っている宿にしようと思ってるんだ。この手帳見せると安くなるから」
「そう、わたしもそこにしようかな」
え~。僕は驚いた。一瞬、あらゆることが走馬灯のように頭を駆けめぐった。今夜はどうなるんだ。いやいや、彼女とは別の部屋だろう。そうだ、それが常識だ。それでも、食事はいっしょだろう。そこで話がはずんだら、まさかってこともあるかも。いやいや、そんなスケベなことを考えちゃ彼女に失礼だ・・・。こんな妄想が一瞬頭の中を駆けめぐったのだ。そして、落ち着いて、答えた。
「それは、いいね。そうしたらいいよ」
「ありがとう。松江だと午後には着くわね。少し早いから、出雲大社に寄って行かない?」
「もちろん、OKだ。僕には時間はたっぷりあるんだ」
僕らは、浜田で駅弁を食べた。汽車の窓を開け、弁当売りのおっさんを呼び止め、弁当二箱とお茶二個を注文する。千円払って百円のおつりだ。僕が千円を取り出して払おうとすると、彼女が、自分がお姉さんだからと言って、さっさと払ってしまった。僕は、なんとまぬけなんだ。
出雲駅からはバスで出雲大社まで行った。
お賽銭の額をいくらにするかは庶民の悩むところである。僕のお袋は、四国の八十八カ所や高野山にお参りに行く前になると、買い物のお釣りの中の一円玉を貯金箱に集め、集まった沢山の一円玉を持って参詣して、お賽銭にしていた。何百ヶ所という場所を回る場合はお賽銭もバカにならないのだ。
そんなことを考えながら出雲大社の山門をくぐると、僕らの前に団体客がいた。中年の女性ガイドがこう説明していた。
「拝殿にお賽銭を上げてから、二礼四拍手一礼でお参りしてください」
「お賽銭は十円でいいじゃろか」
「十円はトオエンといいますので、あまりお勧めできません」
「じゃ、ご縁があるように、五円にするっぺ」
「お賽銭は多いほどご利益があるようです」
「じゃ、百円でいいかな」
「神様は多ければ多いほど喜ばれます」
僕も彼女もおもわずふきだした。やっぱり、僕も彼女も、神様が喜ばれるように百円ずつ上げてお参りした。
参詣後、出雲大社の門前の土産物店に入った。売り子さんが、「これは当地産のメノウの勾玉で、緑の濃い方がパワーがありますよ」と、小ぶりの美しい勾玉を取り出して見せてくれた。僕は、このようにせっつかれると、すぐに購買欲が沈んでしまう。だから、そのメノウの緑の勾玉は欲しかったのだが買うのをやめた。すると、彼女が僕を呼んだ。
「これ見て」
相合傘のデザインが彫られているペンダントで、傘の下に男女の名前が刻んである。彼女が指さしたのは、ヒロシとユキコなのだ。ペンダントは十個ぐらいしか並べてないのだが、ヒロシとユキコの相合傘があった。改めて、自分らの名前の平凡さに感嘆した。日本に一番多いカップルはヒロシとユキコに違いあるまい。彼女はそのペンダントを買った。