僕が、始めに老いを感じ始めたのは二十歳を過ぎたころ、バク転や鉄棒の逆車輪が怖くて出来なくなったときだ。それまで、畳の上でバク転をしたり、鉄棒で逆車輪したあとに宙返りの着地を決めたりしていたのだ。それが、あるとき、急に怖くなって、それ以後、まったく出来なくなった。
 次に老いを感じたのは、ずっとあとで、五十前のころだ。僕は車が嫌いで、それまで車の免許など持っていなかった。あるとき、急に英国をドライブしたくなって、免許をとりに教習所へ通った。が、落第を繰り返し、路上に出る前に十回、路上に出てから十回、計二十回余計に授業を受けて、十万円を余分に払って免許を取得した。これが、老いたる所以なのだろう。
 もう、それからは、老いを感じることばかりとなった。昔、ミシシッピ川を下る筏のようにゆったりと流れていた時間がナイアガラを落ちる滝の水のようにあっという間に過ぎ去っていき、覚えたことは竹ザルで水を掬うがごとく無情にこぼれ落ちていく。床屋に行くたびに切り落とされる髪の毛の中に白いものの割合が増え、けがをしても治るのに日にちがかかるようになり、いろいろなことが面倒になり、小便の勢いが衰え、寝起きのときにはすっと立ち上がれなくなった。必ず横向きになってからゆっくり起きないと立ち上がれないのだ。若いころは、カエルのようにぴょんと飛び上がって立ち上がれたのに・・・。
 そして今、六十歳を超え、何が怖いかというと、ジャンプするのが怖いのだ。水溜りがあっても、それを飛び越える勇気が出ない。飛び越えて着地した瞬間に腰の骨が複雑骨折しやしないか、と恐れるのである。これが、老いというものだ。
 これから、みなさんにお話しするのは、僕の京都での浪人生活なのだが、もう四十年以上も前のことで、少々記憶も怪しくなっている。いくつか間違ったことを書いたりするのではないかと心配だ。しかし、ここに書かれたことは事実とは異なるかもしれないが、僕にとっては真実の青春なのだ。
 また、ここには歌の歌詞や本の文章を無断で転写したところがいくつかある。ヒット曲の歌詞や名作の文章は人類の財産である。僕は、人類の築きあげたこの文化遺産を有り難く頂戴して、その文化の拡散に寄与するのであるから、御寛容願いたい。
 とにかく、あのころの僕は勉強とセックスが大好きだった。しかし、それは人類にとっては当たり前のことなのだ。個として生きるだけなら食料があれば十分だが、人間としての種を保存していくためにはセックスが必要であり、動物と異なる人類として進歩していくためには学問が不可欠だからだ。