フォールアウトでアンドロイド出てきたら、助ける側に回ります。
私はロボットには優しい。
初めて出会うロボットの物語がドラえもんだからだろうか。ロボットは健気で可愛く、むげには扱えない。それでなんだか哀しいんだよなあ。
昔、りぼんの短編漫画で食べ物を食べることはできないはずのアンドロイドが、女の子のために無理してお菓子を食べて壊れるシーンがあった。泣けた。かなり朧気な記憶だけど、すごく哀しかったのは覚えとる。
樹なつみの漫画『OZ』のテン・ナインティーン。
救いようのない映画『AI』。
ゲーム『デトロイト』。
ゲーム『マスエフェクト』のリージョン。
自我をもったロボットはとにかく健気で、なんか哀しいのよ。
実際にもAIBOとかさ、もう修理できる人も少なくて、動かなくなってしまうの、本気でペットロスになる人もいたらしいでないか。
わかるなあ。
今や癒すためのロボットもあれやこれや売られていて、AIも発達しておるが、なんか、面白そうだし、そういうの好きな反面、必要以上に感情移入しそうで手は出ないなあ。(それ以前に“値段高いから”ということがでかいけど)
OZのテンナインティーンとかもうなんか自己犠牲で終わるアンドロイドは切ないって。
自分で死を選ぶんだよな。ムトーを助けるためだったかなんだかで。
アンドロイドは人に近いことを誇りにしていて、1019の上位互換1020番以降のアンドロイドたちには欠陥品だとバカにされてたけど、一番心まで人に近かったのは1019だったという、匂わせで終わるのよ。死んでしまう場面自体は描かれてなかったけど。人を助けるために自分を犠牲にしたんだなと、わかるように描かれていた。格好良かったなあ。哀しすぎて余韻がなかなか抜けず、かなり気持ちが落ちたもん。
ああ、自分で死を選んだといえば、ターミネーターも自分でドロドロの溶鉱炉に沈んでいったりしたね。
やっぱ、あまり人の見た目に近づけるとか、癒し系とか、やり過ぎるとよくないんじゃないかなあ。人間てさー、愛着とか情にかなり弱いと思うんだなあ。ペットロスは生き物だからまだわかるんだけどさ。
やっぱ物を物として、ツールとしてだけは見れなくなると思うのよね。愛着わきすぎて、動かなくなるたびにいちいち病みそう。
