生田春月訳:ハイネ小曲集。詩の時代 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

桑野通子

 

大正末ころの一般書店に並んでいた詩集は、主に新潮社版「現代詩人叢書」のレモン色の小型版で、川路柳虹、生田春月、百田宗治が花形、生田春月の『新しき詩の作り方』がベストセラーだった。詩とは主として恋人の前で朗読され、詩集はポケットに入れて携行すべきものと考えられていた。

 

以上は、中原中也や富永太郎、小林秀雄らと交流があった大岡昇平が若いころを回想した文章で、続いて小説では心境小説が優勢で新感覚派が台頭し始めていた。ようやくボードレール『悪の華』の全訳版が出版され、ランボーなどの散文詩が触媒となって小林秀雄らの動きが活発化するとある。

 

生田春月訳:ハイネ小曲集(1914)交蘭社

 

上掲の生田春月訳『ハイネ小曲集』は文庫本サイズよりやや小ぶりで、惹句に「女学生諸嬢の為に出たる美しく懐かしき書類を推薦す」などとある。内容は全編ほぼ愛の唄を納めていて内容もたわいない。

 

「詩とは主として恋人の前で朗読され、詩集はポケットに入れて携行すべき」時代というのは想像ができ難いものの「恋愛・恋」といった(西洋の)観念を、そうした詩、小説や演劇といったカルチャーによって薫染感化されつつある社会状況は容易に想像できる。若者にとって詩の時代だったのだ。

 

イラストは女優の桑野通子。高峰三枝子や三宅邦子・高杉早苗らと共に戦前の若手銀幕スターのひとりで、惜しむらくは戦後すぐ31歳で亡くなっている。