赤い帽子の女。1923年の巨大都市ベルリン | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

大正年間に団体「相対会」機関紙に発表された『赤い帽子の女』は、ペンネーム〝黙陽〟によるポルノグラフィで、長らく芥川龍之介作と伝えられていたが、現在では彼の作ではないとする意見が主流である。ベルリンを訪れたことがない芥川龍之介が書ける内容ではなく言葉使いもらしくない。

 

『赤い帽子の女』は1920年の合併によって誕生した人口400万人の巨大都市ベルリン1923年頃を舞台に、純朴な素人娼婦との交歓を描いた。この時期のベルリンは猛烈なインフレーションに喘いでいて、相対的に円のレートが高騰したため、当時の日本円30銭ほどで娼婦が買えた。日本人が大正時代半ばから大挙して欧州に遊学した時代である。

 

侘 助

 

この『赤い帽子の女』をテキストに、都市論を展開してみたいとあるのは海野弘『モダン都市周遊(1985)中央公論社』で、突然の大都市ベルリンの出現と(当時のグロッス描くところの)狂騒を目のあたりにした日本人の都市&文化論に対する変化が気にかかるというのである。

 

さて、海野弘は阿部次郎の『遊欧雑記(1933)改造社 』に、この時期『赤い帽子の女』同様の経験が書かれていたのを知って、阿部次郎こそ〝黙陽〟かと調べてみたが「違うようだ」とのこと。芥川龍之介でもないとすると、誰か?