裸婦スケッチ:伊良子清白の詩を添えて
伊良子清白:漂泊(さすらい)
蓆戸(むしろと)に
秋風吹いて
河添(かわぞひ)の
旅籠屋(はたごや)さびし
哀れなる旅の男は
夕暮れの
空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ
亡母は
処女(おとめ)となりて
白き額(ぬか)月に現れ
亡父は
童子(わらは)となりて
円(まろ)き肩銀河に現る
柳洩(も)る
夜の河白く
河越えて
煙(けぶり)の小野(おの)に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に触れたり
故郷(ふるさと)の
谷間の歌は
続きつつ絶えつつ哀し
大空の反響(こだま)の音と
地の底のうめきの声と
交わりて調(しらべ)は深し
旅人に母は宿りぬ
若人に父は降(くだ)れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節(ふし)は残れり
旅人は歌ひ続けぬ
嬰児(みどりご)の昔にかへり
微笑(ほほえみ)て歌ひつつあり