正岡律という女 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信

 正岡子規と律

 

正岡子規の妹・律は、実は二度ほど嫁いだが、兄子規の容態が思わしくないと知ると、さっさと婚家を捨てて出戻ってしまった。以来(確か)8年近くも結核性カリエスで身動きの取れなくなった子規の、食事や介助、秘書役までこなすことになる。子規によると「不器用で気が利かぬ」と文句百出ながら

 

なにからなにまで彼女に頼っていた。律は「体操の選手が和服を着た」ような頑健さがあり、子規にすればその健康に対する羨望とともに、近親憎悪的な思いも抱いていたのか。子規の死後、律は共立女子職業学校(現共立女子大)に裁縫を学ぶと、卒業後は事務職員として後進を教えたりしている。

 

かなり(非情なまでの)厳しい先生だったらしく、生徒が間違った縫い方をするとすべてほどいてはやり直しさせた。子規が口述する自分の悪口も筆記したほどの律だったが、終生敬愛した子規と暮した〝子規庵〟で70歳の生涯を終えた。詳しくは関川夏央「子規、最後の八年(2011)講談社」

 

前田愛・瀬戸内寂聴「対談紀行 名作のなかの女たち (2013)岩波現代文庫」に記述がある。NHKドラマでは律役を菅野美穂が演じていたが(微笑ましくも)やや印象が違うようである。