巌谷小波:小波お伽全集(1929)千里閣
近代になって、古来からの伝説や海外の翻案もの、創作も含め、お伽噺(昔話)を集大成した巌谷小波(さざなみ)は近代の昔話の父といってもいいだろう。私の少年時代を守り育ててくれたお話の多くは小波の支流が多かった。もちろん「赤い鳥」鈴木三重吉を忘れたわけではないが、鈴木は創作もの詩を中心とした。
本作品は昭和に入ってまとめられた小波の全集(全12巻)、掲載のものは第6巻「長話篇」で、巻頭には南総里見八犬伝の舞台を明治に替えて自在に翻案したものを掲載している。巻頭言に第6巻長話篇は「大人も読めるような」とあるが、現在の小学生高学年くらいが対象だろう。
扉と小波写真
小波は20歳のころから(われらが新潟県長岡市縁故の)博文館発行の雑誌編集の一員として児童文学にたずさわり、明治33年から35年にかけてはドイツベルリンの東洋語学院の日本語教授として海外の童話、伝説などを研究。明治40年ころ(2年ほど)文部省嘱託として国定教科書改訂編纂にあたった。
掲載の写真は50代の後半頃のもので先生然とした印象を伝えている。すこし前に冨山房の童話全集が発刊されていますので、多少は影響を受けているのかも知れませんね。
石版刷口絵と本文
挿絵はサインから井上毅(たけし)らしいのだが、ざっと見たところネット上に彼の履歴などは見あたらない。挿絵画家の名簿に名前が載っているところから(もちろん小波全集に口絵を描いていることからも)当時はそれなりの評価もあったのだろうが、今に伝わっていない。
装幀は大塚辰夫。レザー装、金箔押し、表紙に楕円状にオフセット印刷された烏天狗が貼り込まれている。函欠本なので詳細は不明だが、函は楕円に型抜きされ表紙の絵が覗くようになっているようだ。B5版サイズでわりあい重量がある。
昭和初期の発行で、出版不況から円本(大量ページ安価本)が出版されるころ。本体に価格の表示がないのではっきりしないが、体裁から結構高額な本だったのかもしれない。児童本は子どもが繰り返し読み返すために美本が少なく、現在なかなか全巻美本というのは見かけない。函欠本ながら600円ほどだったのでつい買ってしまった。