渡邊霞亭:残月(1919)玄文社
明治から戦前まで長く活躍した人気作家・渡邊霞亭(かてい)の「残月」は大正8年の発刊、事業で失敗した家の借財のために意に添わぬ結婚を決意する水郡武子だが、相手は銅鉱山を経営する荒くれ男、ノミで削ったようなアバタ面に牡蠣を剥いたような隻眼の醜男である。もちろん武子の心ばえは朝露のごとく容姿はいうまでもなく美しい。そして困ったことには、この結婚相手に仕える番頭の信吉と武子は口には出さぬが、互いに思いを募らせていた。
その思いを断ち切り家のために贄となる覚悟をした武子だが、信吉の懊悩はいや増すばかり… ちょっと炭鉱王に嫁ぐ柳原白蓮を連想する展開だが、百蓮の駆け落ち事件は大正10年のことだから関係はないのだろう。大正バブルは翳りを見せ始めるころだから、案外こうした〝身売り婚姻〟みたいなことがあったのかも知れない。戦前の通俗ものに同種のモチーフは多い。家庭小説については以前紹介した。
渡邊霞亭の家庭小説(メロドラマ)、しかも玄文社による出版だったので迷わずヤフオク落札したもの。発行元である玄文社は竹久夢二や伊東深水による装釘本で知られ「残月」表紙はサインから伊東深水による木版装、本当に美しい仕上りである。稀覯本の部類で古書価も安からぬと思われるが(なんと!)1000円で落札、新年早々福の神よりお年玉をいただいた。