A.A.フェアのバーサ&ドナルド シリーズ | mizusumashi-tei みずすまし亭通信
フェア3815
 A.A.フェア:バーサ&ドナルド シリーズ

E.S.ガードナーがA.A.フェア名義で著した〝バーサ&ドナルド〟シリーズは「屠所の羊(1939)」から「草は緑ではない(1970)」まで全29作発表された。ほとんどマツコ・デラックスが演じたらピッタリな探偵事務所の所長・バーサ・クールと、ストロー級(小男)ながら頭がキレるドナルド・ラム(子羊)のコンビが事件に首まで浸かりながら依頼者を救出する(ためには法をも犯す)という〝ベリー・ペイスン〟シリーズを裏返したユーモア・ミステリ。

ガードナーもギリシャ彫刻のような(完璧な)ペリー・メイスンを書いているうちにフラストレーションが溜まってきたのだろう。こちらのシリーズでガス抜きしている感がある。初編「屠所の羊」翻訳は詩人の田村隆一(はクリスティの翻訳でも知られる)、第4作「倍額保険(1941)」からの田中小実昌の訳が秀逸。スラングを巧みにこなして〝コミさん〟らしいキャラクターに仕上げている。田中小実昌もこのシリーズには愛着があったようで「あかるく、かるく、もったいぶらず」大好きだとあとがきに書いている。

バーサ&ドナルド
 屠所の羊   (1939)series.01 早川:田村隆一訳
 黄金の煉瓦  (1940)series.03 早川:尾坂 力訳
 大当りをあてろ(1941)series.04 早川:砧一郎訳
 倍額保険   (1941)series.05 早川:田中小実昌訳
 梟はまばたきしない(1942)series.06 早川:田中小実昌訳

なかなか比喩が楽しくって「クリーニング屋に二度くらいだした後のイミテーションの絹みたいな、麦わら色の細い髪」オツにとりすました女を「選挙がすんだ年の政治家みたいにツンとしてさ(倍額保険)」などとの修辞がキラキラ散らばっている。「梟はまばたきしない」のころは日米戦争の最中だから、ラムくんは水兵に志願して東京から手紙でも書くよなどといってラストを迎えるのだけれど、米国では戦時中にこんなコミカルな作品が書かれたのだね。

ぼくの大好きな作品ながら、再読は久しぶり。20年ぶりくらいかな。連休に(日なたで)5作ほど読んだのだけれど、ほんとに傑作。A.A.フェア(E.S.ガードナー)はすべて絶版状態だからね。ミステリ好きで未読の読者がいたとしたら不憫でならない(なんてね)。
すねた娘3818
すねた娘3820
 E.S.ガードナー:すねた娘(1933)創元社

E.S.ガードナーの〝メイスン〟もの第2作「すねた娘」で、創元社の世界推理全集全80巻のなかの一巻として1957年に刊行された。同じ創元社の文庫版(1976)は池央耿の翻訳なんだけど、こちらは大岡昇平。冒頭読み比べたかぎりでは大岡昇平に軍配を挙げたいくらいなのだけれど、本題は大岡昇平の作品「事件(1977)」は法廷もので、おそらくこのガードナー翻訳が契機となって(影響を受けて)書かれたのではないだろうか。

「事件」は若山富三郎が弁護士役でNHK「ドラマ人間模様」枠でシリーズ化され(1978~84年)ずいぶん評判になった。野村芳太郎監督、丹波哲郎・大竹しのぶで映画化(1978)もされ5部門で日本アカデミー賞、大竹しのぶは主演女優賞を受賞している。TV版はぼくも熱心に観た記憶があって、若山富三郎の菊地弁護士役はハマっていたと思う。というような訳で連休は(花粉症で外出もならず)すっかりフェア=ガードナー本の読書三昧でした。