忍ぶ川の栗原小巻 | mizusumashi-tei みずすまし亭通信
忍ぶ川栗原小巻
 忍ぶ川の栗原小巻:最初のデートの別れ際

「雪国に生まれた者は、雪がただ白いだけのものでないことを知っている。…雪が天から降ってくるところを飽きずに見上げていると、どの雪も灰色をしていて、しまいに空いっぱいに灰色の細かい点が噴き出して、眼が回り、天も地もわからないような、自分が広い宇宙に吸い上げられていくような気分になったものである(熊井啓「映画を愛する」より)」熊井啓は映画「忍ぶ川」を撮影するにあたり雪を表現するために、またヒロイン志乃(栗原小巻)の細やかな表情を散漫にしないがために、白黒フィルムでの撮影、画面をスタンダード(旧テレビ画面サイズ)と決めていた。

最初、女優には(東芝日曜劇場1963年のテレビ版で好演した)大空真弓、若尾文子、司葉子はじめ多くの女優が名乗りをあげたが、熊井啓のイメージは吉永小百合で、吉永もいままでのイメージから脱皮するためにかなり前向きな意志をみせていた。ところが吉永の父が初夜のヌードシーンに難色を示し、かつカラー撮影&シネスコープサイズに固執したため断念せざるを得なかった。しかも経営が悪化していた日活ではついに映画化が叶わず、その後日活は倒産、ロマンポルノ路線に転換する。

結局、吉永小百合側との齟齬を埋めきれず吉永起用を断念した熊井啓は俳優座と提携すると、加藤剛と栗原小巻をキャスティング、独立プロでの制作となった。原作者の了解を得、企画立案してからクランクインまで11年もの歳月が流れてしまっていた。

忍ぶ川03
忍ぶ川02

ところが撮影日程が決まったとたん熊井啓が倒れ再起不能との憶測も流れたが、開腹手術のすえようやく復帰すると折々病院から撮影現場に通うなど必死の撮影が続いた。原作は三浦哲郎の芥川賞受賞作「忍ぶ川」。主人公の哲郎(加藤剛)は青森山間の零落した家の6人兄弟の末っ子、同族結婚の悪習からか内4人が狂を発し自死している。一方志乃は州崎の「当り矢」の娘で、疎開先のお堂を借り病気の父に仕送りをするために割烹「忍ぶ川」に住み込みの仲居をしている。

心に蔭曳くマイノリティ同士のラブストーリー。二人の設定を文章化するとあまりにベタで困ってしまうが、映像では一編の叙情詩という描き込みで、さすがに熊井啓という感じです。私は(幼児性が抜けない活劇好きで)若い時分はこうした作品が大の苦手、拝見するのは今回が初めてながら栗原小巻の舞台のセリフ廻しっぽい独特の発音と(上野千鶴子女史にはしかられそうだが)旧時代の女性美にうっとりしながら楽しんだ。まぁ老いたのでしょうね。疎開先で父を看取る時の小巻のモンペ姿が美しかったですなぁ。いやはや

忍ぶ川04
 ふたたび「忍ぶ川」を訪れる哲郎
忍ぶ川01
 初夜のシーン:馬橇の鈴の音が聞こえる

栗原小巻も初夜のシーンではさすがに葛藤があったそうだが、さすがに本番になるとふっきたような演技をみせたと、熊井は述べている。美術の木村威夫による州崎パラダイスのセットが圧巻、音楽は現代作曲家の松村禎三で、初夜のシーンでは彼の室内楽の代表作「弦楽四重奏とピアノのための音楽」第2楽章がそっくり使われている。極めて印象的な仕上りで、演奏は巌本真理弦楽四重奏団にピアノ坪田昭三が参加した。

小巻さま…参る。