http://www.asyura2.com/0505/cult2/msg/229.html   引用

 朝はたいていの場合とても疲れていた。なぜならば孝進は十二時前に帰ることは決してなかったし、帰るとセックスを要求するからだった。彼はしばしば酔っぱらい、テキーラとしけたたばこのにおいをさせながら、コテージハウスの階段をよろめきあがってきた。私は、放っておいてくれることを期待して、寝たふりをしたが、それはめったになかった。私は彼の要求に奉仕するためにそこにいた。私自身の要求は問題ではなかった。

 朝は部屋のなかをつま先立ちで歩き回った。もっとも夫を起こす危険はほとんどなかったが。彼は昼過ぎまでぐっすり眠っていた。ときには私が学校からもどってきてもまだ寝ていた。彼は起きあがると、シャワーを浴び、それからマンハッタンに出かけて、お気に入りのナイトクラブ、ラウンジ、コリアン・バーを巡り歩く。十九歳だったが、なじみの韓国人経営のバーで酒を出してもらうのには困らなかった。当時十五歳だった弟の興進と十六歳の妹の仁進を、深夜の酒飲み旅行に連れていくこともあった。

 一度だけ、私を誘ったことがある。私たちは車で、たばこの煙の充満するコリアン・ナイトクラブにいった。文の子供たちが常連なのは明らかで、ホステスはみんな親しげに挨拶した。ウェイトレスが孝進にゴールド・テキーラのボトル一本とマールボロ・ライトを一箱もってきた。仁進と興進は孝進と一緒に飲み、私はそのあいだ、コカ・コーラをすすっていた。

 私は泣くまいとしたが、必死の努力にもかかわらず、涙が出てきた。私たちは、こんな場所でなにをしているのだろう?子供時代ずっと、私は統一教会の会員はバーにはいかない、文鮮明の信徒はアルコールを飲まないし、たばこは吸わないと教えられてきた。「真のお父様」が世界中を旅して非難している行動を、文師の「真の子女様」がおこなっているあいだ、どうして私は彼らと一緒にこの場所にすわっていることができるだろう?

 私が足を踏み入れたびっくり館の鏡のなかでは、彼らの行動は問題ではなかった。私の行動が問題だった。「おまえはなんでこうなんだ?」と孝進はうんざりして別のテーブルに移る前に聞いた。「みんなが楽しんでるのを台無しにしてる。おれたちは楽しみにきたんだ。おまえの子守をしにきたんじゃない」仁進は私の横の椅子に腰をおろした。「泣きやめないと、孝進はすごく怒るわよ」と彼女は私に厳しく警告した。「あなたがこんなふうに行動していたら、彼はあなたを好きにはならないわ」私が気を落ち着ける前に、夫は「いこう、こいつを家に連れていくぞ」と怒鳴った。

「イーストガーデン」までの長いドライブのあいだ、だれも私に話しかけなかった。

(わが父文鮮明の正体 洪蘭淑著 林四郎訳 文藝春秋社 P121 

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