昨日、お願いを書きましたが補足があります
保護活動されている方 愛護団体の方
興味の無い方 猫を毛嫌いされている方
ご自分の許容範囲を理解し心を痛めつつも現実を見つめる方
など、書ききれない程様々な方がこの世にはいらっしゃいます
猫に対してどのように感じられても結構です
私自身、私の家族はどうかわかりませんが猫に対して特別な感情は一切ありません
何が言いたいかと申しますと
私が経験した数々の保護活動と呼ばれる行為
これらは決して猫のためだけに行われたものではありません
結果的に猫を保護した形になって、他人の目から見れば猫を保護したという事実だけが浮き彫りになっているだけです
そもそもの全ての原因は人間です
昨日お話しした、手前勝手な正義感をお持ちの人間のためなのです
保護する事が猫のためになっているかどうかの論議は無意味です
わかるはずもわかる術もないからです
はっきり言ってそんな事は保護してからの時間の中で人間が個人的に勝手に感じる事です
猫を保護するにあたり何が一番影響があり、何が一番悪影響なのか
それはまさしく人間です
センター小屋の例ひとつみてもそうです
1、見かけた猫に手前勝手な正義感を持つ人間がかわいそうだとご飯をやる
2、その人間を見ていた人間が自分の庭で猫が糞尿をする、あるいは自分の近所で猫が増えたと感じる
3、人間が手前勝手な正義感を持つ人間に猫の不平不満を言う
4、手前勝手な正義感を持つ人間が別の人間に猫の相談をし、その人間が手前勝手な正義感を持つ人間のために猫をどうにかする
どうですか?
この世の中全ての保護活動がこの例にあてはまるとは考えていませんが、状況や環境の違いはあれど、人間が人間に対する行動自体にさほど違いは無いのではないでしょうか?
庭で猫が糞尿した時にどのようになるかの検証など無意味です
ご飯をやった時に猫が実際増えるかどうかの検証も無意味です
一番重要なのは、様々な人間の行為や行動の検証です
手前勝手な正義感がどれだけの影響を及ぼし、どのくらいの悪影響なのかわかりますか?
人間にはいろんな正義感がありますから、ほっとけない方も多いのです
猫をほっとけないのと同じように人間もほっとけないのです
人間のそういった部分に付け込んで、自分の不平不満だけを言う人間はお話になりません
ほっとけないからと、付け込まれて要望を聞いてしまう人間に問題がある事も否めません
もう一度言います
不確かな、不十分な覚悟で子猫、猫に手を出さないでください
手前勝手な正義感をいくら振りかざしても猫はどうする事も出来ません
本当に猫が大好きで猫の事しか考えられ無い方は、覚悟を決めて下さい
キャロライン書記長