夏も終わりましたが、まだまだ暑い日が続きます。
夏場の体育は専らプールでの水泳授業ですが、みなさんの小中高生時代は、先生は水着になってましたでしょうか。
僕の場合は、小学6年生の時の先生(男性)が、いつも競泳水着でやっていました。
専門が体育で、授業参観でも水泳をするほど熱心な先生でした。女性の先生は、若い人は、数回に一回、水着を着ていました。
ただ、最初から水着姿ではなく、最初は上にTシャツを着て始め、途中で水着になったり、あるいはTシャツは着たまま、プールに入ったりしていました。
逆に、一人いた、怖い40代のおばさんの先生は、一度も水着になったことはありませんでした(水着になっても困りますが)。
一度、オレンジ色のジャージ上下を着て現れて、途中で脱いで水着になる先生を見たことがあります。
その時の思い出は、「先生の水着姿」 に書いております。
また、拙作「聖子先生の水泳大会」 は、その時の光景を基にした小説です。シュチエーションを水泳の授業から、競技大会に変えていますが、オレンジ色のジャージに水着、また先生の容姿などは、当時の思い出を基にしています。
さて、水泳の授業で、水着になっていない先生がいると、それで水泳の授業はできるのか、と思う人もいるようです。こんな記事を見つけました。
周りが高層住宅に囲まれている学校の時です。
女の先生の中には日焼けを気にして水着の上からジャージを着てプールサイドから指示している人もいた。PTA役員会の時に「もしも子供になにかあった時に先生が水着を着てなくジャージ姿で間に合いますか」。
PTA新聞に載せる写真を校長が選んでいた。新卒女性がプールに入って子供を直接教えている写真が2枚あった。校長「この写真がいい」。
職員室の実態(68)名古屋市小中学校7月8日 ④水泳指導(小学校)
以前、新聞の投書欄でも、
「先生が水着を着ていない。生徒が溺れた時どうするのか」
というのを読んだこともあります。ちなみに小学生からの投書でした。
ただし、実際は、溺れている人を泳いでいって助けるというのは、一番危険な行為です。
溺れている人にしがみつかれて、助けに入った人も巻き添えになってしまうのです。
むしろ浮くものを陸から投げるなどするのが、適切な救助法です。また、指導者がプールに入ると、かえって全体を見渡すことができず、溺れている生徒や危険な生徒を見落とすことがあるので、終始プールサイドで監視する先生もいる、というのも聞いたことがあります。
むしろ、水着の上にジャージを着ている先生は、よく備えているほうだと思います。泳ぐ必要もあるけれど、日焼けは嫌という女心を大切にしてあげたいです。
僕的には、何よりもジャージに水着というシチュエーションがGOODですが。
広いプールで、たった一人だけで泳いでいる。200人ほどの生徒、それに十名ほどの教師、全員の目が、水着になって泳いでいる自分に注がれているのだ。ここはペースよりも、フォームに気をつけて泳ぐべきだ、聖子は、水をかきわけていく。
25メートルの折り返し地点に近づいてきた。聖子は頭を下に下げ、体を一回転させ、壁を蹴りあげた。その瞬間、プールの、バシャっと大きな音がした。原がスタートしたのだ。ここからが本当の競技だ。聖子は大きく腕を伸ばし、突き進んだ。
ちょうどプールの真ん中あたりで、原とすれ違った。原は聖子を意識してないような様子で、規則正しく水をかきながら進んでいく。聖子はそのまま、泳ぎ進む。
聖子が50メートルの折り返し地点を通過した。原のほうは、まだ20メートル進んだくらいだ。聖子のほうは、1往復目がすんだことになる。あと3往復。聖子は2往復目に入る。プールの中心線あたりで再び原とすれ違う。両者、そのまま機械のように、それぞれ反対方向に進んでいった。
「レッツゴー、聖子、レッツゴ―聖子!」
「ソーレ、徹哉、ソーレ、徹哉!」
それぞれのクラスの生徒の声援が聞こえる。1組・4組以外のクラスも、息を止めて勝負を見守っている。75メートル、100メートルのターンを聖子は順調に通過していく。前半戦がすんだ。原のほうも、聖子の後を追うように、50メートル、75メートルのターンを通過する。最初は聖子とすれ違うのが中心線あたりだったのが、2回目、3回目になるにつれ、少しずつスタート台に近づいてきている。
原は聖子との距離を着実に縮めてきている。最初は抑えたペースで、それから徐々に上げているのだ。対して聖子は、最初に少し飛ばしすぎた。特に最初の25メートルは、自分ではペースよりフォームと意識したつもりだったが、そう思わないといけないくらい、ペースを乱していたかもしれない。もしかすると、原は、ハンディと言いながら、最初から聖子がそうなることを予想していたのかもしれない。本当のハンディは自分のほうに与えられていたのだ。
「やるわね、原先生。でも、あなたとの勝利と決まったわけではないわよ」
とにかく泳ぎきることだ。聖子は顔を上げ、大きく息を吸い込んで息継ぎをし、目の前の水を大きくかいた。125メートル通過、5回目のターンで壁を蹴った時、原が5ートル前を泳いでいた。聖子の後を追うように、壁面に向かっていく。
「最後の50メートルね」
4往復目だ。ここからが正念場だ。聖子は、手を上げ、足を下ろす頻度を速めた。すぐ後ろで原がターンしたのが分かる。ついに、二人は並んだ。原が追いついてきたのだ。
175メートル目のターン通過。後25メートル。
「いいぞー、押せ押せ―、徹哉―」
「ソーレ、聖子ッ、ソーレ、聖子ッ―」
生徒たちの声援も必死になってきた。男子も女子も、声を絞り上げて応援する。原が、聖子の後ろに迫ってきた。二人の距離は3メートル、2メートル、そして1メートルと縮んできた。ゴールまではあと一息だ。ここを乗り切ればいいのだ。
聖子は泳ぐことだけに集中した。頭を水の中に入れ水をかき、足を動かし、再び顔を上げる 。一連の動作を規則正しく、素早くやっていく。ゴールが近づいてきた。ストップウォッチを持った教頭先生が立ちあがり、プール台の前に立っている。あと3メートル、2メートル、1メートル…。
手が壁に当たった。ついにゴールだ。
ピーッ
甲高いと合図の笛が鳴った。聖子は振り向くと、ゴーグルをとって後ろを見た。原がクロールで近づいてきて、ゴールにタッチした。今度は確実に、4組が優勝だ。どうにか原から逃げ切ることができたのだ。聖子はほっとしたとともに、緊張の糸が一気に途切れた。そのまま体中の力が抜けた。
「上村先生、あなたの勝ちですね」
原はゴーグルをとると、コースロープの向こうから笑顔で声をかけた。
聖子は何も言えなかった。手に顔を当てるしかなかった。
プールサイドからは大きな拍手とワーという歓声が聞こえた。4組の生徒だけではない。1組の生徒も、それにほかの3年生も全員だ。一人の男と一人の女が、純粋に力を尽くして勝負を競ったことに対する称賛だ。
「上村先生、2分・10秒・5です」
ストップウォッチを片手に教頭が、タイムを伝えてくれた。たった2分くらいの時間だったのだ。聖子にはもっと長く泳いでいたような気がした。
聖子はもう一回、プールの中に頭から潜った。青い水面が見えた。それから顔を突き出した。青い空に太陽の光が降り注ぐ。聖子は水の中から上がった。
頭から足先までずぶぬれだ。スイミング・キャップをとると、びっしょりと濡れた黒髪が現れた。縮れた髪の先からも、白い肌からも、水滴がしたたりおちてくる。肌の一部を覆っている、紺色の水着も濡れて、彼女の肌にぴったりと吸いついていた。聖子は衣類箱からバスタオルをとると、ひとまず軽く拭いた。それから、底に入っているオレンジ色のジャージを抱えると、審判長の校長先生、それにタイマー係の教頭先生、それに応援席の生徒たちにそれぞれ一礼をしてから、歩いていった。
「先生、サイコー!」
「ありがとう、先生―!」
水着姿生徒たちが一斉に集まってきて、聖子に声を掛けてきた。聖子には、水着姿の中学生たちが、教え子と言うよりも同士に見えた。
「先生の水着姿、かっこいいー!」
「先生があんなに泳ぐのが上手だって知らなかった」
「はいはい、ありがとう。分かったから、それよりも、着替えさせて」
聖子はわざと軽い感じで言うと、今度は、タオルで丁寧に、頭から足先までを拭いた。泳いでびしょ濡れになっても、夏の日差しはすぐに体についた水を乾かしてしまう。聖子はオレンジ色のジャージの上着をとると、腕を通し、前のファスナーを閉めた。これでようやく、一息ついた気分になれた。それからタオルを腰に巻くと、水着のまた下の部分の水分をもう一度、拭いてから、ジャージのズボンに足を入れた。
これで、もとのジャージ姿に戻ったことになる。聖子は、何か大きな仕事をしたような充実感で一杯だった。ほんの先ほどまで、自分は、競泳水着姿で、男性の体育教師と対決をしていたのだ。ほんの数分前のことだったのに、なんだか、遠い過去のことのように思えてくる。でも、まだ髪は濡れていて、縮れた先から水滴が垂れる。聖子はタオルをショールのように肩に掛けた。
「今から、クラス対抗男女200メートルリレーの表彰を行います。1位から3位のクラスの選手は、表彰台に集まってください」
アナウンスが流れた。
「先生も、行こう!」
千晴と詩織が誘った。
1位の表彰台に聖子も含めて5人が乗ると、一杯いっぱいで、すぐ隣の人と体が当たる。聖子のすぐ隣には、2位の原が立っていた。原は泳いだ後もそのままTシャツは着ずに、生徒と同じように水着のままだ。こうして見ると、先生と言うよりも、先輩のように見える。
「表彰状、3年1組 男女混合200メートルリレーの部…」
校長先生が症状を読み上げる。龍二が受け取った。一斉に拍手が鳴る。聖子の隣では、原が笑顔で手を叩いていた。
表彰が終わり、降りる時に原が聖子にささやいた。
「今回はおめでとう。でも、今度は、僕個人として、先生に競技を申し込みたいですね」
「臨むところですよ。じゃあ、次は、防衛戦というところかしら」
聖子はそう言うと笑った。
観客席の男子生徒、女子生徒、それに教員の視線が一斉に自分に注がれているのだ。それが、間もなく起きることを期待しているものであるということを聖子はひしひしと感じていた。自分はそれに応えるしかない。意識はしていたが、いざ、その場に立つと、緊張する。聖子はジャージの襟元、それに裾の辺りをなでていた。
聖子は原のほうに視線を移した。原はコースに着くと真っ先にTシャツをかなぐり捨ててしまい、競泳水着一枚だけになっていた。赤いブーメラン形の競泳水着は、必要最小限を覆うことで、原の体格を強調しているようなものだった。
予想していたとはいえ、こうして原の肉体を目の当たりにすると、さすがボクサーだと思う。胸も腹部も余計な肉がなく、凹凸がはっきりとしている。日に焼けた原の胸はまるで硬質の板のようだし、腹筋もくっきりと表れている。スイミング・キャップをつけ、ゴーグルをつけると、あの鋭い闘争心にあふれた目も隠されてしまった。その姿はまるで感情のない機械のように見えた。自分は、あんなのを相手にしなければならないのだ…、と思うと、聖子は息をのんだ。思わずジャージで覆われた肩から右腕の部分の辺りをさすった。
「第1のコ――ス-!」
競泳独特のアクセントで選手紹介がはいる。
「3年1組、担任、原 徹哉先生―」
名前が挙がるとともに、「てつや―」という元気な声、それに拍手が応援席から出た。原は軽く首を下げて応じた。
「第4のコ――ス-!」
次は、聖子だ。聖子は立ちあがり、姿勢をただした。
「3年4組、担任、上村 聖子先生―」
いつもは生徒の名前を呼ぶ立場の自分が、今、こうして自分の名前を呼ばれると、くすぐったい気がした。先ほどと同じように、「せんせー、ふぁいとー!」と明るい声が一斉に聞こえた。生徒たちがいるんだ、聖子は、はっと思い直し、笑顔で手を振ってから、腰を下ろし、ホッとした。
選手紹介が終わり、原のほうは腕や足首をひねって、準備運動をしている。聖子は、その姿をぼんやりと眺めていた。
ピッピッピッピッ
審判長の校長先生が短く断続的に4回、笛を鳴らした。服を脱いで泳ぐ準備をするようにと言う合図だ。ただし原はすでに水着になっているので、これは実質的に聖子のみに向けられた合図だ。忘れていた。いよいよだ。
生徒を始めとする観客の視線が、笛の合図で、一斉に自分に向けられている気がした。聖子は立ち上がると、オレンジ色のジャージのズボンを下ろした。たちまち聖子の足首、太股がたちまち露わになった。原と違って色白だったが、筋肉質でたるみはまったくない。
ジャージの上着の裾の下から見える紺色の水着に、男子生徒の視線が注がれているのを聖子は感じていた。
脱いだズボンを折りたたんでかごに入れると、今度は、上着のファスナーを一気に下げた。ジャージの前部分がはだけ、紺色の無地の腹部が現れた。薄い水着に覆われた、聖子の乳房の膨らみや、それに対して引き締まった腹部のラインが現れた。
ジャージの上着を脱ぐと、そこには、紺色の無地のシンプルな競泳水着姿のスイマーの姿があった。オオー、という感嘆の声が漏れた。それは、男子だけでなく、女子からでもあった。何か芸術的なものを見た時のような、感動の声であった。
聖子のまっすぐに通った背筋から背中、それに筋肉質の肩も露わになった。夏の強い日差しが、真っ白な肌を照らした。聖子は両手を腰に当て、体をくねらせて原のほうを見た。原はちらりと聖子のほうを見たが、表情は変えなかった。
ピ――
今度は長く笛が鳴った。スタート台に立つ合図だ。先に聖子がスタートする。聖子は、小さなスタート台の上に立つと、水面に向いて屈んだ。
「スタートッ」
号令とともにピストルが鳴った。大きな音と共に水しぶきを上げて、水着姿の聖子の体はプールの中に入ると、そのままバタフライで突き進んでいった。
「どういうことですか?」
聖子は尋ねた。
「佐々木麻衣と笠井龍二は付き合っています。そして、前川勇人も、佐々木麻衣のことが好きだ。ただし、佐々木自身はそのことを知らない。生徒たちは、佐々木が笠井のためにストップウォッチを止めた、と捉えるでしょうね」
普段は、生徒に対して厳しいだけだと思っていた原が、他クラスの男女の関係を把握していたことは意外だった。
「もし、あのまま、再競技をして、どちらが勝っても、しこりを残すことになるでしょうね。それを避けるためには、もっと大きな別のことに関心を向かせるしかない。これは教育的配慮です」
「…そういうことだったんですね」
聖子はさっきよりずっと穏やかな口調になっていた。だが、原は、そういう聖子の態度を拒絶するかのように、また、いつもの挑戦的な口調に戻っていた。
「でも、競技は競技ですからね。勝敗が決まることには、僕はどんなことでも全力で挑む男です。女性だからって手加減はするつもりはありません。あんなハンディ、どうってことないですよ。体育教師が、女性の、それも専門外の人間に負けたなんて、かっこっ悪いですからね。」
「先生こそ、そんな軽口叩くのは今だけにしたらどうですか。私だって、こう見えて、実は高校では水泳部に所属していたんです。先生は体育の専門かもしれませんが、泳ぐということだったら、私のほうが専門ですからね」
「受けて立ちますよ」
聖子と原は、固い握手をした。
呼び出しの岡部が現れた。
「準備ができました、原先生、上村先生。今から入場になります。私が案内しますから、先生方は、プールサイドを南から回って、スタートラインに着きます。そのまま1コースが原先生、4コースが上村先生になります。最初のピストルの合図で、上村先生がスタート、先生が1回目のターンをしたら、2回目の合図があります。そこから原先生はスタートしてください。距離はどちらも200メートル、4往復してください」
二人とも了解したという意味でうなずいた。
アナウンスが入った。
「プログラム14番・各クラス対抗リレー延長戦・男女200メートル自由形決勝を行います。選手の入場です」
それとともに、入場のテーマ曲「双頭の鷲の旗の下に」が流れた。聖子の胸は高鳴り始めた。前奏がある程度進んだところで、岡部の誘導で原と聖子の二人はプールサイドに出た。
「ソーレ、徹哉、ソーレ徹哉」
「聖子、ファイト、聖子、ファイト」
1組、4組だけでなく、3年生全員が、聖子と原に声援をかける。聖子は声のするほうに向いて手を振りながら、プールサイドを回って、スタートコースへと行く。こうして歩いてみると、学校のプールも意外と大きいものである。聖子は自分が舞台に立った女優になったような気がしてきて、観客である生徒たちに笑顔で手を振った。前を歩く原は、表情を変えず、まっすっ愚前を向いて歩いていた。
1コースと4コースのコーナーの前に、それぞれ白色のビーチ・チェアと、かごが置いてある。その後ろには、それぞれタイマー係として教頭先生が待機していた。原も聖子も、教頭先生の前に軽くお辞儀をすると、かごにタオルを入れ、ビーチチェアに腰を下ろした。
目の前のプールには、漫々と水が満ちている。水は透き通っていて、プールの底のラインまではっきりと見える。夏の太陽の日差しに照りつけられて、水面はまぶしく光り輝く。ここが自分にとっての試合の場、「リング」なのだ。勝つか、負けるかしかないのだ。鼓動は最高潮に達していた。
聖子が荷物を取りに一旦、自分のクラスの応援席に行くと、生徒たちが一斉に寄ってきた。
「先生、わたしたちのためにがんばってっ」
女子生徒たちが、聖子の周りを取り囲んだ。男子も寄ってきた。
「先生、大丈夫ですかぁ、相手は原先生ですよ」
「でも向こうにはハンディがあるのよ。こう見えても、先生だって、高校の時は水泳部だったんだから」
「おれたち、一生懸命、応援するぜ」
「ありがとう、応援、頼むわよ」
聖子は、生徒たちと言葉を交わしながら、帽子を脱いで、ベンチに置いた。それから、横に置いていたバッグから、白色の無地のスイミング・キャップと、ゴーグルを取り出すと、ポケットに入れた。それから白色のバスタオルを取り出すと、手に抱えた。
「それじゃあ、行ってくるから。応援、しっかり頼むわよ」
立ち際にピースサインを決めて、そのまま控え室へと向かって行った。
「聖子、無理に泳ぐ必要なんてなかったのよ。それに、たとえ、水着を着てきたとしても、言わなければ分からなかったのに…」
亜矢が聖子に近づいて言った。
「ありがとう、亜矢。あなたが私のことを思って止めようとしてくれていたことは、よく分かっていたわ。でも、私が女性だからと思ってからか、ああいう提案をしてきた原先生の鼻をあかしてやらないと、気が済まなかったのよ。いつも、無愛想で、俺より強い者はいない、って態度が、私、前から好きになれなかったの。それに、クラスの子たちががんばってつかもうとしている優勝を、担任として、みすみす逃すわけにもいかじゃない」
聖子は歩きながら答えた。亜矢はまだ不満そうに、
「それにしても原先生って強引ね。私は、勇人のほうが先に着いたと思う。原先生だって、ボクシングしていたのなら、動体視力がいいはずだから、分かっていたわ。それなのに、ストップウォッチが壊れたことを利用して、延長戦を言いだすなんて、優勝を奪いにきたみたいで、いやだな」
「亜矢、そう気にかけなくてもいいわ。原先生がどんなつもりで言ったにしろ、これは、男性とか女性とか関係なく、あくまで公正なルールにのっとった、試合なんだから。挑戦を受けた以上、私は正々堂々、受けて立つつもりよ。そんなことよりも、応援、お願いね」
こぶしを握り締めた聖子に、亜矢が
「OK」
と言ってタッチした。
聖子は亜矢と別れると、機械室の横にある控え室に入った。第一中学のプール設備は整っており、市の公的な大会に使われることも何度かある。控え室は6畳ほどの小部屋だが、冷房がかかっておりひんやりする。ベンチとロッカーが置いてある小部屋だ。聖子はタオルを置くと、軽くストレッチ体操を始めた。
さっきは生徒や亜矢の前には平気なことを言ったが、それでも聖子は気持ちが高ぶっていた。校内の、それも3年だけの水泳大会とはいえ、自分には4組の生徒たちの期待がかかっている。審判・競技運営者として、校長先生や教頭先生が立ち会っている。観客として、3年生の生徒全員が見ている。相手は、水泳のほうがどれだけできるかは分からないが、男性の、しかも体育教師だ。
競争相手は一人だけだ、そう思おうともしたが、それは言いかえると、一位かビリしかないということだ。原の鋭い眼が自分の背中を刺すように感じた。でも、負けるわけにはいかない。聖子は深呼吸をしながら、ジャージで覆った自分の体をなでた。下に着ている水着が体にしっかりとフィットしているのを感じていた。
後ろで戸が開く音がした。振り向くと、原が立っていた。白色のTシャツと鮮やかな赤色の競泳水着、それに白色のスイミング・キャップをかぶっている。
「女性に競技を申し込むなんて、強引ですね」
聖子は原に向かって言った。
「あの場を収めるには、こうするしかなかったんですよ」
原が言った。その態度はいつものような横柄な感じではなく、むしろ、穏やかな紳士的なものだった。原の意外な反応に、聖子は戸惑った。
「佐々木麻衣のストップウォッチの電池が切れたのは、本当に偶然でしょう。しかし、生徒たちはそうは受け取らないでしょう。笠井龍二が出場している競技、それがまずいのです」
「リレーと同じ距離で、泳法はそれぞれ得意な泳ぎ方でやる。男女混合200メートル自由形。どうですか」
「ちょっと待ってください。競泳と言っても原先生は男性で専門は体育ですけど、上村先生は女性ですし、専門も違います。競争なんてできませんよ」
原の一方的な提案を止めたのは、3組の担任・中野亜矢だった。聖子とは年も近いことから、3年の中では最も親しい間柄だった。原の提案は無謀だ、という雰囲気が一気にできた。しかしそれを、田村主任が覆してしまった。
「…それなら、ハンディをつければどうかしら。原先生は、上村先生が25メートル泳いだ時点でスタートというのでは」
「そうなると、どっちが勝つか、分からないですなぁ」
そう言ったのは、6組の担任で、40代のベテランの岡部だ。
「でも、審判は誰がするのです? 先生同士の競技となると、生徒にさせる訳にもいかないし…」
と、今度は、別の教員が言った。すると今度は、後藤が、
「校長先生に審判長、教頭先生お二人に、タイマー係をお願いしてはどうでしょうか。僕、行ってきましょうか」
今にも行きそうな後藤を、亜矢が止めた。
「ちょっと、原先生も、他の皆さんも、どうして勝手に話を進めるんです? 上村先生のことをまず考えて下さらないと。上村先生は女なんですよ。それに第一、たとえ、今、泳げるとしても、水着はどうするんです? 原先生のほうはすでに水着を着ていらっしゃるから、いいでしょうけど、上村先生は、どうするのです? ジャージですよ。このままで泳ぐわけにもいかないでしょう」
乗り気になって出かけようとしたのに、雨に降られたような雰囲気になった。田村主任も慌てて、話をまとめようと、
「そ、そうでしたわね。やはり、原先生の提案は、無理かと……」
底まで言った時、今まで黙っていた聖子が声を出した。
「私なら、大丈夫です」
「う、上村先生…」
「私、ジャージの下に水着を着ていますから。別に、泳ぐつもりではまったくなかったのですが、水泳大会だし、気持ちだけは生徒と同じく泳いでいるつもりでいようと、着てきたのです。タオルも、キャップも、ゴーグルも用意していますから」
聖子は原のほうを見ながら言った。原は、何一つ、表情を変えなかった。
「それなら、そうしましょうか」
と、田村先生。
「校長先生や教頭先生に、相談してきます」
そう言って駆け出した後藤は、すぐに戻ってきた。
「校長先生も、教頭先生たちも了承してくれました。それどころか、とても乗り気で、それなら正式の競泳大会らしくするように、ってことです」
「これですべて、整いましたね」
原は聖子と田村主任のほうを見て言った。主任が、
「それでは、原先生と上村先生は、控え室で待っていてください。他の先生方は、準備をお願いします。校長先生、教頭先生がいらっしゃって、段取りが整い次第、競技を始めましょう」
決定すると何事も早い。田村主任は、手早く指示を出すと、放送室に行き、次のようにアナウンスをした。
「ただ今のリレーは、1組・4組が同時到着となりました。従いまして、延長戦となります。延長戦は、1組・4組の担任による、男女200メートル自由形です。生徒の皆さんは、準備が整うまで、待機していてください」
それまでのすっきりとしない雰囲気は、一気に吹き飛んだ。担任同士による対決、しかも男女での争いだ。今までにない新しい種目を見られると聞いて、生徒たちは興奮した。
「原先生と上村先生が競うんだって…!」
「上村先生、泳げるのかな」
「原先生、速いだろうなあ」
「どっちが勝つのんだろう…」
「男と女で競技するんだ…」
あちこちで生徒たちがつぶやく声が聞こえた。原、それに聖子は、それぞれ、ひとまず自分のクラスの応援席に向かった。
「弱ったわねえ。わたしが見ても、どちらもほぼ同時にタッチしたように見えましたね。どうしましょう」
ストップウォッチが止まってしまったということは、応援している生徒たちにもじわじわ伝わっていった。
「どうなっちゃうの?」
「勇人が先だったよ」
「いや、龍二のほうが先に着いた」
といった声もあちこちから聞こえてきた。戸惑っているのは、龍二と勇人もそうだった。当事者である二人とも、どうすればいいのかも分からず、プールに入ったまま、プールサイドの先生のほうを眺めていた。
「この試合は無効と言うことで、もう一度、やり直すしかないわねぇ」
田村先生は、困った顔をして言うと、応援席の生徒たちのほうに向いて、拡声器で言った。
「ただ今の試合は、測定機器の不良のため、無効となりました。したがって、再度、行います」
えぇ~。
という不満そうな声が一斉にあがった。薄々そうなるとは予想しながらも、いざ、明言されるとげんなりするものである。せっかく、盛り上がっていた緊張が解けて、生徒たちはげんなりしてしまった。聖子は龍二や他の選手たちのほうを見た。千晴も輝樹も佳織も、そして龍二も、口には出さないが言いたいことは同じだ。聖子にはそれが良く分かった。
「わたしたちのほうが明らかに優勝なのに、なんで、やり直しなの?」
応援席にいるクラスの30名の生徒も同様だった。
確かに、龍二がゴールに手をついたほうが一瞬、速かったと、私も思う。しかし、タイマーが壊れてしまった以上、それを証明することができない。先生もできることなら何とかしてあげたいが、再試合と決まった以上は…。
気まずい静けさがプールを覆った。しかし、それはすぐに、打ち破られた。
「やり直しなんてしなくていいですよー」
甲高い、大きな男性の声が、プール中に響いた。
聖子は声の聞こえたほうを見た。1組の担任の原徹哉がそこには立っていた。
原の専門は体育。教師になる前は、ボクサーをしていたそうだ。彫りの深い顔立ちで、鋭い眼をしている。普段は気さくなのだが、怒ると怖く、生徒たちからは親しまれつつも恐れられていた。聖子と同じ25歳で、この学校には同じ年に赴任している。そして今年学年も同じなのだが、教師間では原は無口で、聖子は仕事のこと以外ではほとんどしゃべったことはなかった。
原の一声で、聖子はもちろん、全生徒、それに教師全員の視線が原に注がれた。原は、紺色のブーメラン形の競泳水着に、白色のTシャツ一を着ている。今日の水泳大会は、体育の教師として競技の準備や進行の中心にもあたっていたのだった。
「1組と4組の4番目の男子が同時にゴールした。そこまでのタイムが分からない。それなら、延長戦をすればいいんです」
「何を言ってるんです。それを今、行います、と主任が言ったところですよ」
ムッとして、原を見返したのは、3組の担任・後藤大介だ。30代の教師で専門は数学だ。
原は、4コース前に集まっている、聖子や田村主任らのところまで近づいてきた。体育教師として、今回の競技の実務は、もっぱら原が中心だったので、どこか、
「延長戦をすればいいのです」
「だから、リレーのやり直しをしようとしているのですけど…」
主任の田村先生が、困ったように原を見ながら言った。
「リレーのやり直しを言っているのではありません。1組も4組も、ほぼ同じ実力なのだから、もう一度、やっても同じような結果になるでしょう。生徒同士では勝負はつかない。それなら、担任が出るしかないでしょう」
「…担任が出るって」
「同時にゴールしたクラスの担任による競泳対決です」
聖子は驚いて原を見た。主任も、後藤も、原の提案に驚いていた。原は真顔だった。
「担任による、競泳対決」という、原の言葉は、生徒たちにも聞こえた。生徒たちも、原や、聖子を見つめていた。



