7月の、ある晴れた日の午後。
第一中学校のプールでは、すみきった夏の青空の下、若い喚声と水を激しくたたく音が聞こえていた。中学3年生の水泳大会の最後の種目、男女混合200メートルリレーの真っ最中だった。
「ソーレ、龍二、ソーレ、龍二」
「押-せ、押せ押せ、勇人」
今、アンカーの男子が泳いでいるところだ。先頭をリードしているのは、4コースを泳ぐ、4組の龍二。それに1コースを泳ぐ1組の勇人が追いついてきた。1組と4組の生徒たちの声援が特に熱気を帯びている。何しろ、中学最後の水泳大会だ。そして、この大会で優勝したメンバーは、市の大会の代表となるのだ。あと、10メートル。勇人が龍二に追いついた。二人が並んだ。少しでも先に出ようと、伸二も勇人も譲らない。応援する1組と4組の声援の声も、だんだんと大きく、熱を帯びてきた。
プールサイドで応援する生徒たちは、みんな、小麦色の肌にスクール水着姿だ。この大会は、全員が何らかの競技に参加することになっているのだ。そんな紺色の水着の集団に混じって、一人、オレンジ色の生地に二本のラインが入ったジャージを着ている女性がいた。1年4組の担任、上村聖子だ。龍二のいる、4組の担任だ。専門の教科は国語だ。
聖子は今年、25歳になる。身長167センチと長身で、肌の色は白い。しかし、決してひ弱な女教師という感じはしない。筋肉質のしっかりとした肉つきで、むしろスポーツ系の体型だ。しかし、生徒に大声を出すようなことはなく、むしろ「面倒見のいい、やさしい先生」というのが、4組の生徒たちの評価だった。実際、4組は、聖子の性格からか、クラスの雰囲気も、のんびりとして穏やかだった。
肩までかかるショートヘアの髪は、ソバージュをかけて縮れている。黒々とした髪は聖子の日に焼けていない肌の白さを際立たせる。大きな瞳は愛くるしい。聖子は、日差しよけのつばのついた帽子から、プールで泳ぐ二人を見つめていた。
「リュウジ―!」
「ユウトー!」
ほかのクラスの生徒も自分たちのクラスの応援しているのだが、1組と4組の声に完全にかき消されている。両者、互いに譲ろうとしない。ほぼ並んで突き進んでいく。ゴールまで3メートルになった…!
がんばって。聖子は声こそ出していないが、息をのんで龍二を応援していた。
あと少し…、龍二が突き進む…。龍二がゴールにタッチした。
僅差だった。龍二がタッチした、と聖子が思った時は、すでに勇人のほうも同じようにゴールにタッチしていた。
僅差だった。これはタイムで確認するしかない。聖子はコースの前に立っているタイマー係の生徒のほうに目をやった。タイマー係は基本的に見学者の生徒が務めている。ところが、4コースのタイマー係の様子がどうもおかしい。ストップウォッチを手にしたまま、何か助けを求めるように先生たちのほうを見ている。
タイマー係は6組の佐々木麻衣だ。3年生の主任の、田村由利子先生も気がついて、真っ先に佐々木に近づいていった。それを見て、聖子も佐々木のほうに行った。
「あの~、ストップウォッチが途中で消えてしまったんです…」
佐々木は小さな声で恐る恐る言いながら、聖子にストップウォッチを見せた。なるほど、数字が出るはずの液晶は何も映っていない。ボタンを何度か押して見たが、何の反応もない。
「電池が切れてしまったようね…」
困ったことになってしまった。これが、他の競技、他のコースだったら、恐らくは、それほど大きな問題になっただろう。ところが、今回はそうはいかない。ほぼ同時に到着した二つのチームの優勝がかかったタイムである。しかも3年生の、最後の競技だ。引き分けという訳にもいかない。他のクラスの先生も、ぞろぞろと集まってきた。




