寒い日が続きます。冬真っ盛りとなりましたね。

 ここ最近、あちこちでジョギングをする人を見かけましたが、半袖Tシャツに短パンというのは無しとしても、ジャージで走っている人もほとんどいませんでした。

 では、どんな服装かというと、肌にぴっちりとした長袖のTシャツにランニングスパッツというのが圧倒的でした。あるいは、Tシャツの上に、薄地のウィンドブレーカーを着ているくらいでした。

 それでも先日、ようやく、ジャージではありませんが、ウィンドブレーカー上下で走っている、20代の女性を見かけました。ジャージではないのですが、ウィンドブレーカーもいいものだな、と思いましたね。

 真冬にジャージというのは、意外と寒かったりします。むしろウィンドブレーカーのほうが現実的かもしれませんね。名称は違いますが、ジャージとの違いは、生地だけであって、形態は同じですし。

 これからしばらくはウィンドブレーカーに萌えようと思います。


 学校ジャージやスポーツファッションについて、こうして語っておりますが、自分自身は、運動が得意というほどではなく、小中高と文化部所属、大学の体育実技も取らずという人間でした。

 ジャージ姿のアスリートの姿を見るのは好きですが、陸上競技大会などの控室でいる選手の姿などを実際に見ると、むしろ萎えてしまいます。 自分の思い描いているものと、現実は、違うんだよなぁ、と思います。

 実際に競技に出ている本人たちは、ジャージを脱ぐことにも着ることにも、何の感興も持っていません。その場にいるのではない、外から眺めているからこそ、見えてくるもの、魅力なものと言うのがあるのですね。

 先日、ラジオで、普通の家族というものを映画で描き続けた小津安二郎監督自身は、結婚をしていなかった、ということを耳にしました。実際に家庭を持っていたら、あのようには描けなかっただろう、持っていなかったからこそ、理想の姿を描くことができたのだ、と言っていました。また、同じように、「サザエさん」の長谷川真知子も、結婚をしていませんでした。

 自分を小津監督や長谷川先生と引き比べるのは恐れ多いこと、この上ないことなのですが、当事者ではないからこそ、描けるもの、感じられるもの、というのがあるのだ、と思いました。

 学校ジャージを着ていた時代からは、自分自身、次第に遠のいていますが、しかし、だからこそ、鮮やかになってくるものもあるのではないでしょうか。


与一のスクール・ジャージ更衣室-ジム姿 ジャージ3
(こちらは以前にもUPした画像ですが、挿絵として載せておきます)

 11月になり、めっきり寒くなりました。今年は10月に入ってもしばらく暑い日が続いたのですが、ようやく、秋らしくなりました。

 これから冬にかけては、ジャージやウインドブレーカーの季節となりますね、

 よくスーパーやコンビニに行くと、カジュアルとしてジャージで来ている女性を見かけます。そういう時、ひそかにジャージチェックをしてしまいますね。

 見るのは襟元です。ファスナーを挙げているかどうか。首元まで上げているのか、開いていれば、インナーです。自分としては、着ていない(下着などは着ているが、首回りからは生地が見えない)か、着ていれば白なのですが、なかなかそこまでBESTはいません。多いのが、黒色です。白を求めるのは、やはり体操服の延長線上なのでしょうね。

 それでもジャージの女性を見かけたときは、ちょっといいものを見たような気持になりますね。

与一のスクール・ジャージ更衣室


 最近、古いスポーツ雑誌を漁っているのですが、それはこの中の一つです。

 1979年頃の写真です。白地の上着というのが特徴的です。

 今のPUMAジャージと違って、体にフィットしたサイズを着るのが、この頃のジャージの着こなしですね。

 ジャージとセットとなるシャツもあります。


与一のスクール・ジャージ更衣室

 下側のTシャツは、ジャージの下に着ているものと同じだと思います。

 ついでに、短パンやショートもあればよかったのですが、それはなかったのが残念です。

与一のスクール・ジャージ更衣室

1976年刊行の、モントリオールオリンピック記念の雑誌の巻末にあった、トレーニングウェアの広告中の写真です。古書店で見かけました。雑誌は1000円ということで、この写真一枚のために、と迷いもしましたが、逃すと二度と手に入らないかもと思い、購入しました。

 「ライバルは自分自身。週末のストリートランナー」というキャッチコピーのほか、こんな文章(詩)がありました。


 びっくりするほど大きな太陽が、ゆっくりと沈んでいく。

 久しく忘れていたランニングの感覚が、心を開いてくれる。

 一筋の汗をほほに光らせて、走る週末のストリートランナー。

 2本の足さえあれば、コンクリートジャングルだってフィールドだ。

 もちろんライバルは自分自身の決意だけ。

 走り終わって額の汗をふくストリートランナーは、

 思い出したようにニッと笑うことがある。

 そんな人々に愛されているトレーニングウェア。

 しなやかに動きを包んで、いま世界のスポーツウェアへ。


「市民ランナー」というものが生まれ、日本人の中で、スポーツが趣味として一般化したのも、この時期ではなかったでしょうか。

ランナーをテーマにした詩ですが、写真のようなジャージで走るのは、気持ちいいだろうなあ、と思います。

「一筋」とか、「2本」といった数字が、ジャージのラインを想起させられます。

「ライバルは自分自身の決意だけ」と言う言葉なんか、種類は違いますが、僕がしているウェイトトレーニングの場合もそうだなあと思いますね。