会衆の姉妹の紹介で、某中堅生保の営業職の特別幹部候補生の入社試験を受けることになりました。本当は、大卒が条件だったのですが、支社長に気に入られ、東京の本社の試験を受けることになりました。それで落ちても、特別養成職員として採用するから、どっちにしても採用ということでした。結果、特別幹部候補生の試験は落ち、特別養成職員として採用されました。職場は9割以上が女性で、所長と僕だけが男性でしたから、可愛がられました。ただ、同じ会衆の姉妹と同じ職場ということで、常に見張られているという感じでした。入社する前にバプテスマを受けていましたから、正式なエホバの証人になったので、名前を汚しちゃいけないというプレッシャーや残業で集会に行けないという良心の呵責や周りの期待に答えなきゃいけないというプレッシャーが仕事でも組織でも、どんどん自分を追い詰めていきました。体にも様々な症状が出始めて、両親の説得で、渋々精神科に行きました。うつ病との診断でした。ショックでした。診断書を持って会社に行ったら、こんなものは病気のうちには入らないと却下されました。もう色々と限界でした。そこで、強行突破で、両親から説得してもらいました。そしたら、休職にしてくれたものの、いい歳して、親に頼って恥ずかしいと罵られました。そもそも僕が診断書を持って行った時点で僕の役割は終わっているのに、それを却下したのは、そっちじゃないかという気持ちがありました。僕だけじゃらちがあかないから、親に頼ったのにそこまで言わなくてもと思いましたが、僕はうつ病を発症していたので、まともな思考も出来ず、所長に、お前は迷惑をかけて辞めるんだから、ボーナスは返還した方がいいとも言われ、ボーナスを返還しました。でも、人間、病気になるときは病気になります。それを迷惑の一言で片付けるとは。エホバの証人という立場は公言していましたから、紹介してくれた姉妹には迷惑をかけたなぁと今なら思います。その頃は、エホバのみ名を傷つけたことがショックで、毎日毎日ふさいでいました。集会や奉仕もままならない、新しい仕事も探さなきゃいけない、うつ病の治療も受けなきゃいけない、問題が山積みでした。そんな時、家庭の事情で田舎に帰らなきゃいけない事情が出来ました。まるで夜逃げのように地元に帰ってくることになりました。続く。