僕がこのブログを始めて2ヶ月ほど、はやいもので既に11月も終盤となっております。
いつも読んでくださっている数名の方、本当にありがとうございます。
さて、本当は「出世する人の真理」みたいな内容の文章を書いていたのですが、その中で語ろうとしているエピソードがあまりに特異すぎるため、僕の能力では比喩を使ってもなかなか誰にでも分かりやすいような文章にならず書いては消し書いては消しを繰り返していますが上手く書けません。
なんとか形になれば公開したいと思いますので期待してお待ちください。(誰もまってない!)
てなわけで話は変わりますが、僕はアメブロとは別のところでもブログを書いていました。期間的に1年くらいでしょうか、ある程度の更新頻度を保っていて書いた文章はそれなりの量になったと思います。
そっちでもまぁ内容的には今と似たような日記スタイルでした。今よりもう少し日々の出来事よりも内面的思考をアウトプットするような文章が多くカオスがかっているような気がしますが。
んで一応そっちのブログも生きてはいるんですが今のメインはこっちです。理由はブログのジャンル分けがあるから同じ職業の方を見つけやすいってことですかね。
僕はアメブロとは別のブログをやるまでこんな風に文章を書く習慣がありませんでした。昔mixiが流行った時に日記がありましたが、あれも友達が書いた日記を読むだけ(ROM専っていうんでしたっけ?)です。
市役所の事務という職業柄、日頃全く文章を書かないわけじゃないんですが、少なくとも自分の内面を曝け出すような文章を書いて人に読んでもらう経験は皆無でした。
なんか子どもの頃から自分の本心を誰かに知られるのが恥ずかしかったんですよね。本当はワンピースで事あるごとにウルウルするのに、友達には「まぁまぁ面白かった」って仏頂面で言ったり、バレンタインにデッカいチョコ貰って飛び跳ねて喜びたいのに、チョコをくれた相手に「俺チョコ苦手」とか言ったり。
なんでもっと素直に自分の気持ちを伝えないんだ、それで人が傷ついてるんだぞって分かっていながらそういう態度をとってしまう。自分でもロクな死に方しないと後悔する日々でした。
そんな僕でしたが、なぜかブログという媒体を知った時、無性に自分の本音を書きたくなりました。友達にも親にも吐露できない本音も、どうせ何か書いたところで読まれるはずもない、たとえ読まれたとしても見ず知らずの人しか読まないブログなら書けるんじゃないかと思ったからです。
しかしまぁ、長年自分の本音を表に出す事なく鬱積させる習慣がついていたからか、はたまた文章を書くことに慣れていなかったからか、ブログを書き始めた頃は100文字書くのでも一苦労、自分が本当はどう考えているのか、どう感じたのかを表現しようにも上手く文字としてアウトプット出来ませんでした。
本当は何か書きたい気持ちがあるのに、なんで書けないんだ…なんで文字にならないんだ…
悔しさ、焦り、敗北感、もしかするとそれら全部が混ざった感情かもしれません。そういう感情の中、それでも何か書きたいとブログを更新している時、あるブログの存在を知りました。
超人気ブログだったので知ってる方も多いと思うんですが、MK2というHNで書いている方のブログです。
ちなみに今はもう存在しません。有力な説としては所謂”身バレ”が原因でブログを閉鎖したと言われていますが、僕なりの解釈としては己の限界を知った、若くは自分が進む先ではなく振り返った背後に限界があり、現在の自分は限界を過ぎていたと気づいたからじゃないかと思っています。
この話をしだすと終わりが見えなくなるのでやめますが、とにかくこの方の文章を初めて読んだ時のショックは今でも褪せません。
そのブログも日記のような体裁で書かれていましたが、ホントいろっいろ伝わってくるんです。
その方の日記を読むと、そこに書かれた場面がまず脳内に浮かび登場人物が呼吸をしだす。読み進めるうちに朧げだった声が鮮明になりすっと脳内で映像化される。そして世の中の鬱陶しい喧騒が日記のリアリティを高めていく。感覚的にはそんな文章のブログです。
もうビビって一発で惚れましたね。
で、良い文章の書き方って
・要点を簡潔に
・平易な言葉で
みたいなことを言われてて、僕もそうだと思ってたんですが、その方の文章は違う。
どういう視点で読んでも無駄が多い。わりと分かりづらい。でも伝わる。
現実に生きてても共感って意外とそんなもんじゃないかなぁと思うんですよ。
あーなんとなく言いたいこと分かるわ、みたいな。
それからですね、ブログは固くならずに力抜いて書いて良いんだなぁって思ったの。そもそも一般人の日記って他人からしたら存在そのものが無駄なわけで、それを簡潔に平易な文章にしたら「何気ない日常だった」が毎日続いてしまいます。そんなもん書くためにブログ始めたわけじゃないんです。
それからですね。徐々に言いたいことや考えてることを書くことに苦手意識がなくなったのは。無意識に自分で設置していたハードルを取っ払ったようなものだと思います。
とはいえ「出世する人の真理」は書くのが難しい。特異なものを一般論として書くのは今でも難しい。これは間違いなく真理です。